「亡国マスコミを何とかしないと日本は内部崩壊するぞ」「そもそも奴らこそ諸悪の根源なんだ。本性を露わにしたと言うところだ」東京の公園では協力して国内各地で暗躍する海外の工作員を非合法に抹殺している自衛隊の田島3佐と警察の伊藤警部が会っていた。ロシアが参戦して以降、これまで日本を一方的に断罪する中国と韓国の代弁者になっていた大手マスコミは「常任理事国のロシアが参戦したことで国際社会の陪審員評決で有罪が確定した」と石田政権に即時の停戦、事実上の降伏を要求するようになっている。同時に首都圏では在日半島人と中国人による反日デモに日本人の反戦平和団体や人権団体が合流して規模を拡大させた。さらにマスコミは「自衛隊は日本人が同乗している爆撃機を撃墜した」と報じて日本人の反戦意識を扇動している。そしてデモ隊は市街地の警備に当たっている自衛官に危害を加え、抵抗すれば「自衛官が市民を暴行」と批判報道を繰り広げ、記者たちは防衛大臣の囲み取材で言論の袋叩きにしている。トドメにA日新聞は先行して実施した系列テレビ局との世論調査で「戦争反対」を圧倒的多数とする一方で石田政権の支持率をどん底に這わせていた。
「北海道でも陣地を構築する事前調整を始めると販売店が新聞社に通報して記者が弁護士を連れて地主の家で待っているそうだ。このままでは陸上自衛隊はゲリラ戦を実施できない」ゲリラ戦は少なくともゲリラの存在と行動を黙認する市民の消極的支援がなければ成立しない。田島3佐が名寄の第3普通科連隊で勤務していた頃には最精鋭の北の防人として圧倒的な支持を受けていた。中国人資本家の土地買収が横行したことで意識が変わったのかも知れない。
「元々、A日新聞は伊藤博文に資金提供を受けた明治政府の御用新聞だったんだが、日露戦争で講和反対、戦争継続を主張した頃から政府と距離を置くようになって大正時代にロシア革命で成立したソビエト共産党に在日政治工作組織に組み込まれたんだ」「それを言うならスターリンの第3インターナショナルだな」伊藤警部の声を落とした熱弁に田島3佐は補足説明でそれがあらためて聞くまでもない常識であることを理解させた。
「戦前のA日新聞はスターリンの指令を受けて元上海特派員の尾崎秀実を近衛内閣の外交顧問に送り込んだ。それで関東軍が満洲事変を起こすと『蒋介石を相手にせず』と言う近衛の失言をスクープさせた上、国民党の幹部にインタビューで教えて満洲事変の停戦を不可能にした。後は『勝った、勝った、また勝った』の大キャンペーンだ」「その続きで『討ちてしまやん鬼畜米英』と反アメリカにも励んでいる。大体、日独伊三国同盟を締結した昭和15年の時点でヨーロッパの第2次世界大戦は始まっていた。要するに戦争でアメリカの軍事力を消耗させてドイツとイギリス、フランス、日本と国民党政権を共倒れにして混乱の中で世界共産革命を起こす算段だったんだ。実際、中国は共産主義化されて東ヨーロッパはソビエト連邦の属国になった。日本でも敗戦直後は危なかったよ」今度は攻守逆転したが両者の知識と分析が同格なのが明らかになっただけだった。
「敗戦後のA日新聞は日本の共産主義化を実現するためにソ連のプラウダと中国の人民日報の請け売りで反アメリカと反資本主義の論調に徹してきた。その一方で『戦前の軍国主義と戦争に賛同した報道への反省と懺悔』を名目にして反自衛隊と反日米安保を表看板にしている」「本音では今回も日本の国内戦を扇動してロシア軍と中国軍に侵攻させる理由を与えた方が目的が達せられるんだろうが、流石にマスコミとしての信用を失うことはできないんだな」確かに自衛隊が頑強に抵抗すればそれを制圧するために大軍を侵攻させることに軍事的合理性が発生する。それを占領軍に転用すれば日本の領有は実現するのだ。
「今の新聞社は大都市の中心部の社有地の借地料が収入源だから購読者数はあまり気にしていない。だから極端な論説で購読者が減っても関係ないんだ」「マスコミは社員の人数は大したことはないが、販売店を含めれば組織は全国に広がっていて抹殺するのは不可能だ」どうやら対話は本題に入ったらしい。2人はまだ具体名は口にしていないがA日新聞を例に引くと、社員数は4200人程度で記者は2000人、営業関係者が1700人、技術系が500人と言われている。組織としては東京、大阪、西部(北九州市)、名古屋に本社、北海道に支社、福岡市に本部を置いているほか国内だけでも44の総局と180の支局がある。販売店についてはA日新聞だけの専売店と地域に各社の新聞を配達する販売店があるがコンビニエンスストアとインターネットの普及によって減少しているとは言え1万5千店程度あるらしい。これを黙らせるのは至難の業だ。マスコミが「第4の権力」と呼ばれているのも納得できる。
「やはり赤報隊の手を拡大するしかないか」「今度は本社で銃を乱射するのか。それともビルを爆破するのか」「もう少し綺麗に殺ろう」田島3佐が昭和62年5月3日のA日新聞阪神支局銃撃事件を持ち出すと伊藤警部も過激に同調したが具体的実施計画は披露しなかった。
- 2023/01/13(金) 14:59:14|
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