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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ370

「閣下、マチャヴァラヒ地区防衛隊司令官のサワジリ少将はロシア相手の商売に励んでいるようですね」岡倉は間宮リンゾーを連れてイラン国内を巡り、ワシントンの帖佐将補から特別命令を受けたロシア軍への武器輸出の実態調査を終えるとテヘランに戻り、イラン共和国軍ではなくイスラム革命防衛隊の高官と面談した。
イスラム革命防衛隊=バースダーラーンはイラン革命後、イギリス式の軍制を敷く共和国軍が「内心ではシャー(皇帝)への忠誠心を堅持しているのではないか」と疑った最高指導者のホメイニ師が設立した別組織で、当初は海外からの反イスラムの影響力を阻止し、国内の親シャー勢力を取り締まり、同時に治安の維持に当たっていたがイラン・イラク戦争で共和国軍以上に勇戦したため国民からは格上に評価されている(法律上も「格上」と明記されている)。その一方でアメリカや西ヨーロッパ諸国からは警察と軍にまたがる強権を奮い、思想犯とユダヤ人の取り締まりに当たったナチス・ドイツのゲシュタポと同一視されている。確かに日本の国家神道と共通した狂気を説くナチズムを宗教とするならば両者を同一視することにも僅かな理はあるが、むしろ国防軍が総崩れになる中でベルリン防衛に当たったゲシュタポの使命感と忠誠心にこそ共通性を見出すべきだろう。勿論、それでは揶揄にはならない。
「マチャヴァラヒならカスピ海の対岸はロシアだ。船を使えば戦車でも密輸できるだろう」「いいえ、主力商品は地対地ミサイルのようです。Khー55はウクライナで在庫一掃しましたから今度はムスダンを訓練で消耗したことにして売り渡しています」「Khー55は元々ソビエト連邦がウクライナで製造していた在庫を輸入したんだ。あれをロシアに売ってウクライナで使用させたのには裁いた我々も複雑な思いだったよ」岡倉は核開発疑惑を調査するためアメリカ国務省のテイラーとジャーナリストの肩書で潜入して以来、何度も入国と調査を繰り返している。当然、イラン側も諜報員として監視対象にしていたが、岡倉が日本に送った報告書がイラン大使館占拠事件を契機に仇敵としているアメリカ国務省の固定観念とは一線を画した公正中立な立場で実態を分析した内容であることを在日イラン大使館が確認したためむしろ積極的に利用するようになっている。今回もロシア軍のウクライナ侵攻で発覚した共和国軍の高級幹部による武器と燃料の横流しに続く実態調査を期待して協力を惜しまなかった。
「先日、日本の北海道へムスダンが2発だけ射ち込まれましたが、あれもサワジリ中将が売った物ですね」「ムスダンは北朝鮮製のライセンス生産ですからKhー55と同様にお里帰りのようなものです」自分の見解を受けた岡倉のブラック・ジョークに日本で北朝鮮が日本海に発射しているミサイルとして名前を知っている間宮リンゾーは笑ったが高官は反応しなかった。イスラム革命防衛隊としては共和国軍の不正を糺すことは任務であり、それが長年の盟友・日本への背信行為となれば笑うことなどできなかったようだ。
「それにしても日本軍は奮戦しているね」「イラン国内ではアメリカ以上に関心が高くて感激しました。ニュースもアメリカよりも詳しく報道されていて助かりました」「市民の皆さんからも同情と激励の声を掛けられました」高官の賞賛に岡倉と間宮リンゾーは今回の調査旅行の体験を答えた。イラン国内では昭和28年に出光石油の日章丸がイギリスの海上封鎖を突破して石油を運び出した事例で日本が第2次世界大戦で敗れても日露戦争と同じ武士道精神を保持していることを確認したことで他のイスラム諸国が「商売人の国」と見下している中、国民も敬意を払ってきた。そのため今回の武力衝突でも韓国、中国に続きロシアまで参戦しても節度を持って対応している自衛隊に感心しながら注視しているのだ。
「そうなると日本を攻撃する地対地ミサイルを売ったことはイラン国民への裏切り、反イスラム法の大罪と言うことにもなるな」「つまり11の盗み、12の不正な売買に該当する罪と言うことですね」ここで岡倉がイスラム教の戒律の禁止事項を順番も添えて補足すると高官は長い顎鬚を首に挟むようにうなずいて言葉を続けた。
「それ以上に8のアッラーが尊いとされた生命を奪うこと、9の自分が属するウンマ(=イスラム共同体)に対する裏切り、26の正義を故意に妨害すること、そして30の不当な迫害者・抑圧者を助けることに背いている。これは死刑に値する」岡倉はウクライナ侵攻の時にロシア軍に弾薬や燃料を横流しした高官は死刑は免れ、横領罪で役職解任の上、財産没収と公開鞭打ちの刑罰を受けたらしい。やはりウクライナとロシアはどちらも正教会=東方キリスト教の国家であってイスラム教国のイランとしては戦争の正邪の判断には踏み込まなかったようだ。その点、日本への攻撃をウンマへの裏切りとしたのは親近感以上の関係を認めていることになる。
「断じて許せんな。君がサムライとして首を落とすかね」唐突に新顔の間宮リンゾーに妙な仕事が回ってきた。ただし、これは高官のブラック・ジョークだった。
  1. 2023/01/16(月) 14:50:49|
  2. 夜の連続小説9
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