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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ372

上陸した指揮官以下51名の人民解放軍の兵士たちは清軍士長を指揮官とする40名が空港に向かい指揮官と10名は町役場に乱入した。途中で見つけた派出所には手榴弾を投げ込んで破壊し、覚束ない足で逃げようとする老人を射殺し、住人が顔を出して覗いた窓と壁にも銃弾を浴びせた。そんな銃声が近づいてくるのを聞いていた役場の職員たちは利用者と一緒に非常口から逃げ出していたが、裏手に回った兵士たちに射殺された。将校に指揮される兵士は保身のために規律心を維持する本能が働くらしく若い女性の職員にも食指を伸ばさなかった。
「君たちは中国軍だな」「そうだ。1872年に日本に併合された琉球を独立させるためにこの島を占領する」「それならどうして島民を殺した」「お前たち鹿児島県民は日本人だろう」町役場の2階にある町長室に立ち入った指揮官は執務机の向うに立つ町長に流暢な日本語で宣言した。町長は漁港から銃声が聞こえたため秘書に派出所に通報させても応答がなく、その銃声が連続した後、次第に接近してくるのを確かめながらこの事態を推察していた。対馬では市長の英断で全島民が本土に移住し、北海道でも道知事の指揮で道北と道東の住民の大半が道南に避難している。しかし、町長の立場で考えても呂論島に軍事的価値があるとは思えず、日中が開戦した直後に発生したインターネット上では「東シナ海海戦」と呼ばれている空対艦の戦闘で撃滅された中国艦隊が狙っていたのは徳之島だったと言われている。
「私の祖母は沖縄から来た人間に『沖縄は好いところだろうね』と訊いたものだ。それで『好いところだ』と答えると『あの時、負けなきゃね』と嘆くから相手が『戦争は大変でしたね』と慰めると『いや、薩摩にだよ』と言っていた。つまり我々も1609年に島津に侵略されるまでは琉球王国の領民だったんだ。君たちが敵国民の日本人だと思って殺したのは琉球人の血を引く呂論島民だぞ」戦時中に呂論島で生まれ、昭和28年の小笠原返還以降は鹿児島県人として育った町長自身は反日反米親中を公言して恥じない現在の沖縄県を嫌悪しているが、今は指揮官の行動原理に動揺を与える効果を期待してあえて体験談を披露した。
「呂論には来客を献奉(ろろんけんぽう)でもてなす風習がある。君たちも客人として島に来れば友好的に受け入れられるかも知れない」町長は指揮官が反応を見せないため無駄と思いながら説得を続けた。呂論島の「献奉」は宮古島の「お通り」と共通する接待儀礼で、先ず受け入れた家の主人が大き目の器(正式には朱塗りの杯、普段は丼ぶり)に焼酎(黒糖焼酎の有泉)を並々と注いで自己紹介した後、飲み干して底に残った数滴を掌に受けて頭に塗る。これを「髪=神に返す」と言う。それからは同じ所作を来客、出席者も繰り返して全員が飲み終わるまで続ける。最後は主人が「ご苦労杯」をもう一杯飲み干して終わる。
「何なら飲んでみますか。私が主人役を務めますから兵隊さんも集めて下さい」町長は軍人だった父が酒豪だったことを思い出して誘ってみたが指揮官は無表情に56式歩槍の銃口を向けると人指し指で切り替え金を連射に合せて引き金を引いた。
町長が椅子の高い背もたれに叩きつけられるように仰向けに倒れ、床に落ちると指揮官は遺骸を放置いて町長室を出た。すると秘書室には若い女性秘書が残っていた。町長との問答の間も手榴弾の爆発音が聞こえていたから逃げる場がなくここで震えていたようだ。
「殺さないで下さい。私は結婚するんです」秘書の訴えにも指揮官は無反応だった。56式歩槍を右手で持ち、左手で腕を掴んで立ち上がらせると床には失禁した尿が溜まっていた。それを見ても指揮官は無反応に島内一斉放送を命じた。
町長室と秘書室の2重扉を出て真っ直ぐに伸びる廊下に出ると2階を掃討した兵士たちが並んで待っていた。現代建築では強度を確保する鉄筋コンクリート製以外は合板製の建材で作られるため廊下に面する壁は室内で爆破した手榴弾の破片が突き抜けて穴だらけになっている。何人かの兵士はそれを受けて軽傷を負っていた。
「役場から島民の皆さまに連絡します。本日、呂論島は中国人民解放軍によって占領されました。これは人民解放軍からの命令ですから絶対服従です。今から町内立中の岡元牧場に集って下さい。各ホテルの町外の従業員の方たちも同様です」秘書は指揮官に命じられた内容を柔らかい表現に改めて放送した。放送室がある総務課も内部で手榴弾が爆発していて職員たちは直視できない悲惨な遺骸になっていたが、秘書は助かりたい一心で冷静に振る舞ったようだ。ただし、この命令の目的までは思いが至らなかったらしい。
呂論島は海抜98メートルの岩礁と隆起した珊瑚礁の内側に土砂がたまってできたため平坦で、集落は古い珊瑚礁の上に点在し、中央部の低地は砂糖黍畑と肉牛の放牧場になっている。51人で20.8平方キロメートルの呂論島の占領する人民解放軍が中央部の牧場に全島民を集める目的は戦争を理解しない日本人には想像もできない。
  1. 2023/01/18(水) 14:51:45|
  2. 夜の連続小説9
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