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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ378

「これは酷いな・・・」茶実地区の商店街で中国兵を捜索していた第42即応機動連隊の隊員は町役場の庁舎の裏手で多くの遺骸を見つけて言葉を失った。漁港から町役場までの経路上でも数人の老人が射殺されていて男性は杖、女性は手押し車の取っ手を握ったまま前のめりに倒れていた。道路に面した幾つかの住宅の台所や洗面所の壁には小銃を連射した弾痕があり、中を確認すると住人が死んでいた。ところが町役場の裏手の非常口では高齢者の手を引いた女性職員や庇うように手を広げた男性職員が折り重なって倒れていた。おそらく1階の住民課の職員が利用者を非常口から逃がそうとしているところを中国兵に発見されたのだ。
「これじゃあ可哀そうだ」陸曹がデジタルカメラで現場写真を撮り終えると陸士長が目を開いたまま死んでいる同世代の女性職員の瞼を閉じさせようと眉に手を伸ばした。テレビなどでは掌で押し下げれば瞼を閉じるが、実際は大きく目を見開いた瞬間に死亡すると瞼の筋肉が収縮した状態で硬直して容易には閉じさせられない。時間が経過していなければ瞼を指で揉むか、掌で温めて硬直をほぐすことで閉じることもあるが、死後硬直が始まっていると本職の「おくりびと」=納棺師でもかなり難しい。多くの場合、特殊な接着剤を使用するらしい。
「やっぱり駄目か・・・」陸士長はテレビで見た通り掌で瞼を押し下げてみたが駄目だった。それを見た陸曹が瞼のマッサージを助言したので陸士長は高齢女性の手を握って横向きに倒れている女性職員を仰向けにした。その時、1個の手榴弾が足元に転がった。
「前川田士長が殺られた。ブービートラップに気をつけろ」遺骸に仕掛けてあった手榴弾が爆発して陸士長が即死すると死亡すると1階ロビーで陸曹から報告を受けた分隊長の1曹は階段で2階に向かう隊員たちに声をかけた。ブービートラップは1980年に国際連合総会で採択された「特定通常兵器禁止制限条約」と第2付属議定書で禁止されているが常任理事国であるロシアはウクライナの撤退を余儀なくされた占領地で多用して帰宅した多くの住民が犠牲になった。一方、中国はベトナム戦争で北ベトナム軍ゲリラと切磋琢磨して技術を進化させた本家本元だ。それを考えれば事前に注意喚起しなかったのは指揮官としての落ち度と言える。幸いと言うべきか呂論町役場の1階はロビーに続く広いホールをカウンターで仕切ったどこでも見る住民課で数個の手榴弾を投げ込んだようで滅茶苦茶に破壊されていた。そのため現場写真はカウンター越しに撮影しただけでブービートラップに掛かることはなかった。
「ドアにもブービートラップが仕掛けてあるぞ」案の定、2階の事務室のドアの内側にも手榴弾を使ったブービートラップが仕掛けてあった。それは安全ピンを抜き、安全レバーとドアのノブを紐で結んだ簡単な作りだが、ドアを開ければレバーが外れて隊員が中に入った頃合いの4秒後に爆発する。その他にも机で倒れ伏せている女性職員の遺骸には制服のベストに手榴弾を入れて紐を引き出しにつなぎ、姿勢を変えれば爆発する仕掛けが施してあった。これは殊更に女性に同情する自衛官の心理を利用したのか、逆に屍姦の趣味を狙ったのかは判らない。
「グエッ」同じ頃、集落の捜索を終えて牧場の牛舎に向かっていた別の分隊でも犠牲者が出ていた。草むらに人が伏せている形の物を見つけて近づいた隊員がジョン・ウェイン主演の1968年公開の映画「グリーンベレー」のように落とし穴に落ち、底に立ててあった刃物に突き刺されたのだ。中国兵は無人になった牛舎でスコップやツルハシ、ノコギリなどの道具を見つけると短時間で人間の背丈よりも深い穴を掘り、底に鋭利な刃物を立て並べた。ただし、映画では刃物ではなく竹槍だった。映画「グリーベレー」はあまりにも陳腐な戦場描写にベトナム戦争に従軍しているアメリカ兵の間ではコメディー扱いされていたが、実戦経験を持たず体験談を聞く機会もない自衛官にとっては教育映画になるのかも知れない。
「その場に伏せッ」・・・ズーン、続いて動揺した別の隊員が草の中に張ってあったワイヤーを足で引っ掛けた。隊員が大声で危険を知らせると間もなく手榴弾が爆発した。これはブービートラップと言うよりも対人地雷に分類され、第2付属議定書で同列に禁止されている。運よく引っ掛けた隊員が「地雷だ」ではなく「その場に伏せ」と号令を叫んだので周囲の隊員は条件反射で反応して4秒後に炸裂した破片を回避できた。
「これは服とズボンに干し草を詰めて作った人形だな」「こんな物に騙されて権現丸は死んだのか」落とし穴から遺骸を引き上げた後、伏せている人間と思って接近した物を確認するとそれは稚拙な人形だった。隊員たちは合せた手を怒りで震えさせた。確かに中国人民解放軍の戦術は欧米の軍事常識に基づく陸上自衛隊の演習では想定していない。陸上自衛隊の演習でも行進する時には対人地雷を警戒して車両の轍を歩くようにしているが、ワイヤー式起爆式の演習用模擬地雷は見たことがない。強いて言えば気が利いた補佐官がワイヤーだけを地面に張って隊員が足を引っ掛ければ「爆死」の状況を付与するくらいだ。
  1. 2023/01/24(火) 15:24:36|
  2. 夜の連続小説9
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