「それでは江弦右駐日大使並びに中国人民解放軍駐在武官の朱武烈上校による記者会見を始めます」首相官邸では沈鬱な空気の中、一向に議論が進まない閣議が行われている頃、中国大使館では駐日大使と普段は顔を見せることがない駐在武官による緊急記者会見が開かれていた。中国は国際連合常任理事国の懲罰権の行使として日本に武力攻撃を加えているため外交関係は維持している。それはロシアも同様だ。日米安全保障条約は国際連合による仲裁が機能しないことを発動要件にしているのでこれが封殺にもなっている。
「昨日来、我が人民解放軍の部隊が鹿児島県奄美諸島の呂論島に不法侵入しているとの虚偽報道が繰り返されていますが、我が国政府の迅速かつ綿密な調査の結果、判明した事実を説明したいと思います」この前置きは予想していたので記者たちは無反応だった。
「先ず不法集団を指揮していたのはモン・ジュェチー(孟決起)、階級は少校、日本では3等陸佐に当たります。なお、我が共産党と人民解放軍の命令に基づく行動ではないので部隊ではなく指揮官でもありません。また階級も昨日で身分停止になっています。報道する時には十分注意して下さい」本論はやはり朱武官に代わった。朱武官も日本語は流暢で言葉づかいも丁寧だが眼光に威圧感があり、記者たちは注意されたことをメモした。
「孟は我が国が安全保障理事会で再三にわたり日本の大韓民国に対する不法行為を糾弾して懲罰権を行使しても責任を認めず、それどころか在日同胞の弾圧を続けていることに強く憤り、自分の部下たちへの愛国心教育のため中日戦争における日本軍の戦争犯罪を調べている間に私的報復を決意したようです。なお、孟は日本の大学への留学経験があり、そこで知り合った日本人たちが日本軍の戦争犯罪についてあまりにも無知で無関心だったことも報復の必要性としていました」「どこの大学ですか」この質問は無視されたが、ベビー・ブ―ム世代が大学に入る頃、全国各地に乱立した大学が少子化によって募集難に陥り、欠員の埋め合わせとして中国からの留学生を大量に受け入れているので名前を載せる必要はあった。
「それで孟は部下を扇動し、一部の部下が呼応して孟の私兵になり、実行に移したのです。実行手段については孟が手配した漁船に乗り込んで東海(中国語の東シナ海、韓国語では日本海になる)に出航したことまでしか判りません。ただ孟は兵士に56式歩槍を携行させ、射撃訓練や投擲訓練で横領していた実弾と手榴弾を大量に積んで行ったことは確認できています」自衛隊の呆れるほど厳格な弾薬管理を見慣れている記者は大量に横領で来た原因を質問したくなったが司会者の男性大使館員が冷たい視線で遮った。
「問題なのは日本軍、自衛隊の対応です。51名の不法侵入者に対して航空自衛隊は2機の攻撃機で島内の集落を爆撃した上、陸上自衛隊は2機の攻撃ヘリが捜索して掃討した。その後に地上部隊を派遣して生存者を皆殺しにしようとした。その冷酷な戦闘行動に人民解放軍少校だった孟も中日戦争の日本軍が目の前に現れたような恐怖を感じて投降したのです」朱武官はマスコミが現段階まで孟少校以下による島民の無差別殺害を報道していないことを利用した。統合幕僚監部と陸上自衛隊としては第42即応機動連隊が到着した時点から実況中継式にマスコミに情報を流して印象操作を封じようとしたのだが、町役場の惨状の映像を見た内局の官僚が「国民の反戦世論を誘発する」と反対して釜田防衛大臣も同意したのだ。
「そして我が人民解放軍は孟と行動を共にした兵士が出発前にメールを送った家族から通報を受けて今回の不法侵入を知り、輸送機を派遣して全員を拘束して強制帰国させようとしたのですが、自衛隊は地対空ミサイルで全機を撃墜して搭乗していた制圧要員200名を殺害しました。これは平時の不法行為に対する処置ではなく常任理事国に対する戦闘行動であり、我が国は断固抗議し、他の常任理事国と共に新たな処罰を検討します」記者たちは尖閣諸島の周辺空域に中国空軍の大編隊が襲来して航空自衛隊の全機緊急発進が間に合わず一時的に支配されたことは昨晩の南西航空方面隊司令官の記者会見で知っているが、司令官への責任追及と危機の言及に終始して終わっていた。一方、第5高射群が知念・那覇・恩納からPAC2を発射したことはJアラームが発令されていたため目撃した市民が少なく動画を撮影しなかったからなのか編集部へのメール投稿や電話連絡はなかった。
「航空自衛隊が爆撃したんだろう。対領空侵犯措置の警察権を越えているぞ」「陸も中国軍の幹部が怯えるほど残酷な殺し方をしたんだ。南京事変みたいに殺した人数を競い合ったのかも知れないな」記者会見が終わると記者たちは意に反して北海道へのロシア軍の攻撃に対処している自衛隊を賞賛する記事を書いていることへの鬱憤を晴らす絶好の材料を与えられて興奮気味に記事の下書を話し合った。それにしてもマスコミ関係者は先輩が捏造した南京事変の100人斬り競争を信じているようだ。今回も日本政府の記者会見は後手に回ったらしい。
- 2023/01/27(金) 12:49:54|
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