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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ384

「一郎さん、戦っている自衛隊員を激励する歌って何が好いのかしら」岐阜県可児市の昭和一郎=島田信長元准尉のスマートホンに北海道の雪うさぎ=森田照子からメールが入った。2人は東北地区太平洋沖地震の後、仙台市が被災者と捜索や救助、復興、支援に当たっている自衛官、警察官、消防士、海上保安官、その他の職員を激励するFM放送を企画し、全国のローカルFM番組の人気DJを招集した時に一緒になった災害派遣の戦友だ。雪うさぎは北海道への帰路、宮古市に災害派遣されていた名寄駐屯地の第3普通科連隊を慰問して今の夫と知り合い、結婚するまで昭和一郎から多くの助言を受けていたので信頼関係は特に強い。
「そうかァ、雪うさぎは札幌ローズになるんだな」メールの文面によると雪うさぎは北海道知事の道北・道東地区の住民に対する避難指示を受けて札幌に移動したが、生命を賭けて任務を遂行している自衛官などを激励する番組への出演を依頼されて子供たちは愛媛県の義父に預け、札幌に残って放送を始めるようだ。札幌ローズと言うのは東京ローズをもじった命名だが、これは第2次世界大戦中の昭和18年3月からラジオ・トウキョウで放送していた英語番組「ゼロ・アワー」の女性DJがアメリカ軍、イギリス軍、オーストラリア軍の兵士の間で絶大な人気を獲得して氏名不詳にしていたため勝手に呼んでいた仮名だ。
「今の自衛官の大半は平成世代だから俺に相談されても困るなァ・・・」メールを読み終えて昭和一郎はスマートホンをテーブルに置いて腕組みしてしまった。昭和一郎の番組はDJ名でも判るように昭和歌謡が専門だ。確かに岐阜県内にも航空自衛隊はあるが飛行開発実験団と第2補給処なので現時点では戦闘に参加していない。守山駐屯地の陸上自衛隊も大都市・名古屋の治安維持が主任務なので、現時点では自衛隊を激励する特別番組は企画していない。
「と言って軍歌をバンバン流せば右翼の街宣車みたいだ。第一、信繁でも軍歌を好まないからな」昭和一郎は番組を始めて間もない頃、軍隊経験者のリクエストで8月に軍歌と戦時歌謡曲の終戦特集を放送したことがある。ところが戦後世代の聴取者から「右翼の街宣車のようだ」との抗議が殺到して市役所の担当者から「軍歌は禁止」と宣告されてしまった。それでも高齢者からリクエストが続いたため軍が公式に採用した軍歌と戦時歌謡曲の違いを詳しく説明して8月の終戦特集は続けていた。そんな昭和世代でも戦前派はこの世から消えてしまい、自衛官になった昭和40年代生まれの信繁でさえ日本の軍歌や戦時歌謡曲は好まない。
「軍歌なら明治の曲に限るな。戦時歌謡曲は止めた方が良い」昭和一郎は信繁が自衛官なのに軍歌や戦時歌謡曲を好まない理由を訊いたことがあるが「歌詞が嘘っぽい」と言うことだった。信繁は出征する夫や息子に親や妻が「死ね」と願うはずがなく、それを歌詞にして唄わせた時代が許せないと怒っていた。その点、明治期の軍歌は勇壮で力強く、死を描いた「戦友」にしても情感豊かで胸に訴えるものがある。
「オープニングは『雪の進軍』に限るな。あれは元気が出る」唐突に思いついた妙案に昭和一郎は自分で満足して顎が胸に着くほどうなずいてしまった。「雪の進軍」は日清戦争に従軍した永井健子軍楽長が作曲した明治28年の軍歌で大山巌元帥の愛唱歌だが、昭和に入ると末尾の「どうせ生きては帰さぬつもり」だった歌詞が「帰らぬつもり」に変更され、戦時中には「厭戦気分を煽る」と一般市民にまで歌唱が禁じられた。
「後は戦争映画の主題歌かな。先ずはポール・アンカのザ・ロンゲスト・デーだ」昭和一郎は曲調と知名度だけで選曲したが、この曲はノルマンディー上陸作戦を描いた映画「史上最大の作戦」の主題歌なので侵攻してくるロシア軍の応援歌になりかねない。
「渋いところでララ・アンデルセンのリリー・マルレーンもあったな」英語の楽曲の次はドイツ語になった。それにしても亡命後にアメリカのラジオ放送で唄っていたマレーネ・デート・リヒではなくドイツの番組が流したララ・アンデルセンを知っているところは流石だ。この曲はアフリカ戦線のイギリス兵にも愛聴され、捕虜収容所では両軍兵士が合唱していたと言う。
「そう言えばモリヤ小隊長が唄っていた『戦士の休息』は軍歌っぽいぞ。203高地の『防人の詩』は士気が低下する。後は信繁を見に連れていった宇宙戦艦ヤマトの『ヤマトより愛を込めて』、こいつは沢田研二だから却下。岩崎宏美の『聖母(マドンナ)たちのララバイ』・・・まてよ『銀河伝説』だったかな」映画の主題歌・挿入歌は使えそうだが多くは主題曲なので歌詞は入らない。それでも勘違いした「聖母たちのララバイ」はアメリカ海軍の原子力空母・ニミッツが真珠湾攻撃の前日にタイム・スリップするSF映画「ファイナル・カウントダウン」の挿入曲「ローレル&オウエンス」「ミスター&ミセスタイドマン」の盗作なので後から歌詞が入った。しかし、残念ながら「ビルマの竪琴」を思い出してロシア民謡でホームシックを誘う高等戦術にまで考えが及ばなかった。
  1. 2023/01/30(月) 14:12:35|
  2. 夜の連続小説9
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