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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ389

「おかえりなさい」「うん、長いこと留守にしてすまなかった」「会いたかった・・・」松本は久しぶりにハワイの妻・ユキの家に帰宅していた。珍しくホノルルのダニエル・K・イノウエ空港で出迎えたユキは松本の胸にすがりつき、肩を震わせて嗚咽し始めた。
「それでも今回はマメにメールしたじゃないか」「貴方のメールの大丈夫は本当に大丈夫なのか判らないから不安は消えないの」峡谷の流れを遮る岩のように人の流れの中で抱擁しているアメリカ人のカップルを真似た訳ではないが松本もユキを強く抱き締めて熱く口づけした。するとユキは両頬に一筋涙を零しながら微笑んだ。
これまでもアラビア語圏担当の松本はISILがイスラミック・ステート、日本ではイスラム国と呼ばれていた頃からイラクとシリアの国境の山岳地帯の活動拠点への潜入を試みていたが、2015年に日本人が拉致された事件を受けて当時の防衛駐在官から身分と活動の発覚を避けるために禁止された。あの頃のユキは「目が殺気を帯びている」と恐れていた。
同時期にISILが世界各国でテロを頻発させるようになると欧米各国が制圧に本腰を入れたため情報収集は専ら国防総省と国務省、帰還した軍人からになり、松本はシリアと国境を接するレバノンとヨルダンで現地人の噂話を拾い集めていた。今度は無性に苛立っていた。
その後、シリア国内で独立を宣言したISILが欧米の本格的軍事作戦によって2019年に崩壊すると残党の行方を追ったが、主力はタリバーンが奪還する前のアフガニスタンに侵入したためアラビア語専門の岡倉の担当になった。そうなれば落胆するしかなかった。
そして現在はウクライナ侵攻を受けて欧米各国とロシア・中国の二極化している国際情勢の中で旗幟を鮮明にしないイスラム各国の真意を探索している。当然、メールの発信場所が目まぐるしく変わり、活動期間も長くなった。
「今度の仕事は安全な場所だったから本当に心配しなくても良かったんだ」「貴方の顔を見て安心したわ」他の職場の同僚と同様に松本もユキには自分の職業をアメリカ本土在住の日系人向けの雑誌の記者と説明しているが、日系人が多いハワイで販売していないところが嘘として苦しい。しかし、薄々は察知されていてもフラダンスの元ダンサーで現在はインストラクターのユキは韓国陸軍士官だった岡倉の妻の知愛ほどには推理が働いていない。
「日本の戦争はどうなってるのかしら。一時期はフラダンスのレッスン・ツアーが一斉にキャンセルになって出国禁止になったのかって心配したけど最近は個人ツアーで来る人がいるわ」松本がキャリア・バークを引きながら歩き始めるとユキは自然な仕草で腕を組んで雑談を始めた。その雑談の話題も日本が直面している国家的危機だ。
「ニューヨークの編集部に寄って仕入れた情報ではロシア軍が北海道、中国軍が奄美を攻撃しているらしい。国連でもアメリカ、イギリス、フランスと中国、ロシアが本当の論戦、言葉の戦争を繰り広げているそうだ。毛沢東は『外交は血を流さない戦争、戦争は血を流す外交』って名言を残したが、それを実践しているようだな」「こっちの新聞に太平洋軍の司令官が『日本政府が戦時態勢を発令しないから本格介入できない』って怒ってるインタビューが載っていたわ。そこまで攻撃されれば誰が考えても戦争でしょう」「日本の特殊事情ってやつだな」ユキは日系人なので日米安全保障条約を知っているが、ハワイでもヨーロッパ系やアフリカ系の市民の大半はアメリカに日本を防衛する義務を定めた条約が存在することを知らない。ましてやアメリカ本土では日本が侵略を受けてアメリカ軍を派遣することは同盟国としての厚意に過ぎないと思っている国民が大多数なので加倍政権が自衛隊にアメリカ本土防衛の任務を与えた意義は大きい。これによってアメリカ政府は国民の意思に関係なく相互防衛義務としてアメリカ軍を派遣できることになったのだ。
「ハワイ州の日系人協会の理事に就任する予定のジャパン・アーミー(日本陸軍)の女性のジェネラル(将軍)の移住が延期になっているのも戦争のせいなのね、確か太平洋軍司令部で勤務していたことがあるって新聞に載っていたわ」「そうだったな。多分、日米両軍のパイプ役として失うことができないんだろう。それにしても何故、このタイミングで退役させるのかな」松本に判らない防衛問題がユキに判るはずがなく困った顔で苦笑した。
「本当は彼女に早く就任して欲しいのよ。最近はハワイ在住の中国系や半島系移民たちが反日デモのついでに日系人の店舗を壊したり、住宅に放火したり、女性を襲ったりしているの。女性の将軍なら陣頭指揮して断固たる処置を執ってくれるに違いないって期待する声が日系人の間で湧き起こってるわ」松本はモリヤ佳織将補の夫とは一般空曹侯補学生の先輩後輩の間柄であり、北キボールやハワイで会ったこともあるが本人には面識がない。それでも幹部候補生70期の同期と言う岡倉から聞く人物評では期待はできそうだ。
  1. 2023/02/04(土) 13:16:05|
  2. 夜の連続小説9
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