「市長、官房長官の立野って名乗られる方から電話が入っています」「立野官房長官が県庁を通さずに電話してくるはずがないだろう・・・もしもし」海上保安庁の巡視船・ふなしりが得撫(ウルップ)島沖でゲリラを乗せた漁船を撃沈して以降、海上自衛隊の対潜哨戒機はオホーツク海で、根室半島の航空自衛隊と知床半島に展開している陸上自衛隊は根室湾で樺太や北方領土からの潜入を手助けする漁船を撃沈し、北海道周辺でのロシア軍の行動が沈静化した頃、佐渡市長に立野官房長官から電話が入った。
「佐渡の全島民を疎開させなければならない」「対馬のようにですか」市長が半信半疑で電話を取ると立野官房長官の用件は単刀直入だった。すると50歳代後半の佐渡市長は見事に反応した。佐渡市長は島内の高校を卒業して合併前の北部の市役所に入って以来、佐渡島の行政一筋の人物で2022年の選挙では圧倒的支持を獲得して現職を破って当選している。それだけに佐渡島の戦略的重要性を直視し、対馬市のような対応の必要性を模索し続けていた、
「やはりロシア軍は我が島を狙っているんですね」「だけなら良いのだが・・・」佐渡市長の返事に立野官房長官は言葉を濁した。今朝の閣議では偵察衛星の最新の画像を表示しながら状況を説明したが、ウラジオストック軍港の全てのドックには大型揚陸艦が収容されて整備を受けている。周辺の桟橋にもロシア極東軍が保有する揚陸艦が集結していた。ロシア極東軍が保有する大型揚陸艦はソビエト連邦時代に建造された老朽艦でも中国が中古艦として購入しなかった売れ残り品のため北方領土への戦闘車両の輸送以外に出番はなく使用前には点検整備が必要不可欠なのだ。逆に言えば出番が近づいていることになる。
「と言うことは新潟本土にも上陸する可能性があると」「先ほど新潟県知事には伝えたがまだ公式発表していないから他言無用に願うよ」立野官房長官の説明に佐渡市長は困惑してしまった。対馬の島民の避難は日韓の軍事衝突が始まったばかりだったため長崎県の対応は消極的で受け入れ先が確保できなかった。ところが双木外務大臣が地元の山口県知事に過疎集落への受け入れを要請して集団移住が実現したのだ。今回はロシアの軍事行動が本格化していて北海道では道北・道東の住民の避難が実施されているので佐渡島出身の新潟県知事も前向きに検討してくれていた。その新潟県も戦場となれば新たな移住先を探さなければならず、それも223万人の新潟県民も合わせてと言うことになる。
「島民の間でも北海道のニュースを見て『佐渡も危ない』って言う声が出始めているのですが、生活の基盤を失うことへの不安が先に立って・・・」「それは対馬や北海道も同様だよ。呂論島のようになってしまう前に避難を完了しなければいけない」「呂論島って奄美のですね。中国軍に一時占領されたと言うニュースの続報は見ていません」立野官房長官は今朝の閣議で佐渡島だけでなく韓国がロシアの軍事行動に同調することに備えて中国地方の隠岐島、見島を合わせて島民全員を避難させる必要性を説明するのに109名が犠牲になった呂論島の惨状を強弁したので口が滑ってしまった。
「ロシア海軍の実力は韓国海軍の比ではないからな」「対馬からの避難の時もフェリーを護衛しましたが今回は36海里(67キロ)ありますから対潜警戒も厳にしないといけませんね」佐渡島からの島民避難は予想以上に迅速に進んだ。稚内と根室のレーダー・サイトへのミサイル攻撃を受けて航空自衛隊が佐渡の第46警戒隊の隊員の家族を本州に避難させたことで子供の小中学校の同級生たちが「危機が迫っている」と親に訴え始め、独自に本州に住む親族の受け入れ先を探して準備を整えていたのだ。両津港と新潟港を結ぶフェリーは5862トンで1705名が乗れる3代目おけさ丸と5300トンで1500名のときわ丸の2隻があり、無事に10数回往復できれば全島民5万5千人の避難は完了する。問題はロシア海軍の潜水艦が攻撃を加えて沖縄戦の時の対馬丸のような悲劇が発生することだが、政府としても海上保安庁ではなく海上自衛隊に航路の警備を命令している。自衛隊の活用には消極的な釜田防衛大臣も島民避難の安全確保には意欲を燃やし、若狭湾原発群の破壊を受けて大湊基地に移動させている舞鶴総監部所属の護衛艦の投入を命じた。
「患者搬送の救難ヘリはこちら、高齢者用の輸送ヘリはこちらです」同時進行で佐渡空港ではフェリーでの1時間少々の移動に耐えられない入院患者や高齢者を空輸するために航空救難隊の救難ヘリコプターと大型輸送ヘリコプターが佐渡空港と新潟空港の空路を往復している。新潟空港では市内の病院に搬送するため救急車が待機しているが、新潟市にロシア軍が上陸すればその前に反撃能力を奪う徹底的な攻撃が加えられ、海岸付近に並ぶ巨大な石油タンクが爆発すれば市内は壊滅状態になる。韓国の李承晩政権は昭和34年に北朝鮮の傷病者を受け入れていた新潟赤十字病院を破壊するため工作員を潜入させているので、相手によっては病院も絶対に安全な訳ではない。今回の参加者たちはそれに該当している。
- 2023/02/10(金) 13:51:45|
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