「WAF(女性自衛官)は最終便のヘリで本州へ行かせる。準備しなさい」「どうしてですか。私たちも46警、タブ(たらい・佐渡のコールサイン=仮称)の隊員です」佐渡島の全島民の避難が決定した時、佐渡分屯基地司令を兼務している第46警戒隊長はWAFを集めて命令を下した。第46警戒隊にも10名に満たないWAFが所属していて海抜510メートルの両尾山の庁舎地区だけでなくA&W=警戒管制員や地上無線整備員として海抜1000メートルを超える山の頂のレーダーと通信エリアで夜勤にもついている。ところがWAFの多くは仕事の指導を受ける男性の空曹に対する敬意が恋慕に変わり、2名で夜勤につくと仮眠室で肉体関係を持ち、下宿で同棲を始めることも珍しくない。WAFたちの残留希望は自衛官としての使命感だけでなく愛する男性との恋愛感情、下手すれば心中願望なのかも知れない。
「君たちの使命感は尊重するが、ロシア軍が戦場で女性を集団暴行していることはウクライナ侵攻の事例紹介で教育しただろう」「はい、満洲や樺太で多くの日本人女性が性被害に遭ったことには強い怒りを感じました」「君たちを同じ目に遭わせることは私だけでなく、愛し合っている相手も我慢ならんはずだ」隊長の説得にWAFたちは顔を見合わせて目で会話した。WAFたちも恋人の男性隊員と戦争になった時の覚悟を話し合って情報交換している。男性隊員たちは空曹だけに佐渡島が侵攻を受ければ全滅しなければならないことを自覚しているが、立場上、逃亡を勧めることはできずWAFの「一緒に死にたい」と言う訴えを受け容れて深く優しく抱くだけだった。あえて避妊はしていない。WAFたちは泣きながら揃ってうなずいた。
「島民が避難してしまうと食材の調達はどうするんだろうか」「防衛用以外の電力や水道も維持されるとは思えません」「負傷者の救護措置も医官1名では手に負えません」基地業務小隊では各担当者が集まり、現実的な問題を協議していた。佐渡島は北の大佐渡山地と南の小佐渡山地の間の平地が実り豊かな耕作地になっているため食材は現地調達が中心だ。しかし、農協と漁協や食料品店が機能停止してしまうと納品は滞り、調達する相手も不在になる。一方、自隊発電の防衛用を除く一般電力は佐渡島内の東北電力ネットワークの2基の火力発電所がまかなっているが、民間人である社員に「戦場で職務を継続しろ」と強要することはできない。急遽、施設班の電気員の空曹と技官を派遣して通常運転を研修させているが、まだ見よう見真似の段階らしい。水道は佐渡市の水道局だが、それは麓にある官舎だけで分屯基地では山頂まで水道水を汲み上げる負担を考慮して井戸による浄水施設も持っている。仮に浄水施設が破壊されても大佐渡山地は清潔な湧水が潤沢なので大丈夫だ。その時、基地業務小隊長の執務机の電話が鳴り、本人がソファーから立ち上がって受話器を取った。
「もしもし、佐渡航空自衛隊の基地業務小隊長の高木1尉ですが。はッ、農協の・・・」基地業務小隊長の「農協」と言う言葉に糧食担当の給養班長が顔を向けた。
「有り難うございます。すぐに給養班長の寺島を向かわせます」どうやらこの口調では問題の一件は解決したらしい。農協は直営売店を含む在庫になっている食料品を提供し、畑からの収穫の許可を農家に要請してくれたようだ。やはり島民たちは自分たちの島を守るために生命を捧げる覚悟の自衛隊に最大限の協力することを当然視しているのだ。
「ガメラの甲羅まで塗装するんですか」「この塗料は電磁波に障害を与えないレーダー専用の特注品だから大丈夫だ」佐渡島北部の大佐渡山地の次峰・海抜1042メートルの妙見山の山頂にあるJ/FPSー5ガメラ・レーダーでは建物全体に迷彩塗装を施していた。航空自衛隊の隊舎は和風の浅葱色に近い極薄い青緑色に塗装されているが、これは太陽光線を反射した樹木の葉や草地を上空から見た迷彩色なのだ。本来であれば艦対地ミサイルや空対地ミサイルの攻撃を受けても破損しないように補強したいところだが、J/FPSー5は3面のレーダー・アンテナの甲羅がある建物自体が回転するので重量を増加させることはできない。それでもレーダー・ホーミング・ミサイルに対処するためのジャミング(妨害電波)発信装置や迎撃するバルカン砲・VADSも設置している。
佐渡島のレーダー・サイトは当初、佐渡島の最高峰で海抜1172メートルの金北山の山頂にあったが、ガメラ・レーダーを峰続きの妙見山に建設してレーダー地区を移動させた。以前のレーダー地区までの山道は冬季には山肌の切り通しを完全に埋めるほど雪が積もり、自分の航空方面隊内で手一杯だった北部航空施設隊以外の各航空施設隊の隊員が除雪のために派遣されていた。しかし、隊員の交代に間に合わせるための早朝の除雪中にガードレール以上の高さまで積もった雪で崖から転落する事故が続発して多くの人命が失われた。現在も各航空方面隊の施設隊長室の壁には遺影の額が並べ切らず広い会議室に祀ってあるほどだ。こうした多大な犠牲を払って死守してきた分屯基地を開け渡す訳にはいかない。
- 2023/02/11(土) 14:16:22|
- 夜の連続小説9
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