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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月14日・郵便のマークが「〒」に変更された。

2月8日は明治20(1887)年に逓信省がローマ字表記の頭文字の「『T』を徽章とする」と言う通達を出したことを記念する「郵便マークの日」ですが明日2月14日に今度は片仮名のテイシン省の「テ」を図案化した「〒」に変更されました。
その理由については「『T』が世界共通の郵便料金の間違いのマーク「T」と共通するため」と言う説が広く知られていますが、これでは国家機関の逓信省の通達の下調べが杜撰だったことになり、片仮名の「テ」では安易に過ぎると思ったのか「ローマ字の『T』に初代逓信大臣だった榎本武揚さんが意匠・図案として横棒を加えた」「逓信省が経営する日本郵船の煙突の徽章=ファンネル・マークが『日本』を意味する横線2本(にほん)だったため縦線を加えた」などの諸説が出ていて検討に関する資料が確認されていないため事実は不明です。何にしてもわずか6日間での通達の連発は流石に拙いと思ったらしく、変更ではなく「当初から『〒』だったのを『T』に誤ったための訂正」と弁解しています。
日本の郵便のマークは明治4(1871)年4月20日=太陽暦では6月7日に郵便事業が始まった時には特別な徽章はなく文字で「郵便」と記しているだけでしたが、明治10(1877)年頃から白地に赤の丸の両側に太い赤線を引いた「丸に一引き」が使われるようになって郵便局に掲げる郵便旗や書状集めの箱の目印、郵便局員の丸笠や法被の背中の徽章として用いられ郵便ポストや正帽、制服に踏襲されました。そして明治17(1884)年には太政官布達で公式に郵便の徽章に定められましたが翌・明治18(1885)年に中央官庁として逓信省が新設されたことで独自の徽章の制定を模索するようになったのです(制定の経緯は安易ですが)。
なお「〒」の郵便マークは片仮名を図案化したので(と言う説を採用すれば)、当然、日本独自のもので海外では通用しません。その割に日本国内では地図の郵便局を表わす記号が「丸に〒」になっているのは外国人には不親切です。
また昭和25(1950)年の郵政省告示による正式なデザインでは縦よりも横の方が長くなっていて、広告の注文葉書などで見られる郵便番号の横に識別のために「〒」を併記することは内国郵便約款に抵触するそうです。
ちなみに「〒」は日本産業規格(JIS)では「郵便記号」とされていて「郵便マーク」と呼んだ場合は「〠=ナンバーくん=郵便番号の普及のためのキャラクター。現在は郵便番号の桁が7つに増えた時のポストンくん」の「顔郵便マーク」を指すそうです。
なおアメリカは各州で異なり、民間企業なので迅速性、確実性などのイメージを前面に出していてあまり郵便と言う感じはしません。一方、ヨーロッパでは昔の郵便配達人がホルンを吹いて到着を知らせたため図案化したホルンや日本では佐川急便のマークになっている飛脚に相当する荷物を運ぶ古代の人物、手紙を咥えた伝書鳩(韓国も)などがありますが、日本のような文字を発祥とするマークは見当たりません。補足すれば内国郵便用(国際郵便や速達用で色分けしている場合もある)のポストの色はイギリスと旧大英連邦に日本と韓国は赤色、フランスとドイツは黄色、共産党中国と台湾は緑色です。
  1. 2023/02/13(月) 13:38:12|
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