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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ403

「簡易書留です。印鑑をお願います。サインでも良いですよ」その日、屯田局員は栗野地区でも海岸にある喫茶レストランに郵便物を配達していた。この喫茶レストランは海に突き出した小さな岬の一軒家で料理の味は勿論のこと店内からの眺望が素晴らしく、専用ビーチがあるため夏には常に満員なのだが晩秋の今は閑散としている。
「あ・・・郵便屋さんか」簡易書留を持って店内に入ると隣接する住居とのドアを開けて店長が出てきた。普段の営業時間には客がいなくても店長はカウンターで囲んだ調理場に立って食材の準備や調理器具の手入れに励み、快活で美貌の妻が雑事を担当している。40歳代前半の夫婦は福岡市内の観光ホテル内の洋食店とフロントで働きながら資金を貯め、ドライブで見つけたこの土地を購入して開店した。店長も接客業なので口下手ではなく妻と客の会話に参加して盛り上げているが今日は意識がこちらに向いていないように見える。
「シャチハタで良かったんだよね・・・どこにあるんだ」「確か奥さんはレジの引き出しに入れてますよ」「そうか・・・」屯田局員の助言に店長は何故か顔を強張らせて開けたままにしているドアに視線を送った。屯田局員も見ると廊下の奥で男の人影が身を隠したのが判った。それでも目が小さいので第三者には黒目の動きは見えなかったはずだ。
「有り難うございました。奥さんにもよろしくお伝え下さい」「うん・・・」店長が印鑑を押した簡易書留の受け取りを剥がして挨拶すると住居の奥から女性がすすり泣く声が聞こえてきた。それは聞き覚えがあるこの店の妻のものだった。
「すみませんが・・・」「用件が終われば早く帰りなさい」異常事態を察知した屯田局員は確認するためにトイレを借りようとしたが店長は厳しい顔で遮った。その口調からは危険を知らせているように感じた。そうなると素人の屯田局員は退散するしかない。今日は重中局員が担当して加光寺の傍樹和尚が言っていた危険を思い出しながら店のドアに向かって歩き出すと店長は見送ることなく住居のドアに入っていった。
「アウッ」その時、住居の奥から女性の喘ぎ声が聞えてきた。それは夫婦の営みでエレナが洩らず快感の呟きではなく、悲鳴を圧し殺した呻き声だった。つまり住居の中では妻が誰かに暴行を受けていることになる。これは駐在所に知らせなければならない。
「チッペオン・イブヒダ、コムチャンマ」屯田局員が簡易書留の受け取りをバイクの前に付けているカバンに入れてバイクにまたがると住居の玄関から出てきた見覚えがない男が冷たい口調で声をかけてきた。男は迷彩服を着て手には一見して軍用と判るナイフを握っている。屯田局員は韓国語が判らないの理解できないが「配達夫(郵便局員を見下した呼び名)だな。動くな」と言っている。それでも状況を見れば危機的事態であることは察知できた。
「何を言ってるのか判りません」屯田局員は無理に営業用スマイルを作るとカバンの底に隠しているMK3手榴弾を手に取った。そして傍樹和尚から習った通りに右手で手榴弾を握り、左手の人差し指で安全ピンを抜いた。しかし、迷彩服の男は日本の郵便局員が手榴弾を持っているとは思っておらず歩み寄ってくる。これ以上、近づかれればナイフの餌食になる。屯田局員がソフトボールのように下手で投げ渡すと男は安全レバーが外れてボールのようになった手榴弾を条件反射で受け取った。その間に屯田局員はバイクで走り去った。
「チュゴラァ(死ね)」ズーン。屯田局員がバイクで逃走すると男の叫び声が追い駆けてきて防弾チョッキを着ている背中にナイフが当たったのを感じた。そんな4秒後に爆発音と赤い爆風が脇を通り抜けていった。バックミラーで確認すると男の身体が吹き飛び、半長靴を履いた両脚が地面に立っていた。爆風が赤かったのは血吹雪だったようだ。確かに郵便局の防寒ジャケットの背中には血と肉辺が大量に付着していた。
「住居の玄関からナイフと手榴弾を持った男が出てきたので必死に逃げました。そうしたらナイフを投げてきて同時に爆発音が聞こえました」屯田局員はその足で駐在所に駆け込み、警察官にバイクを運転しながら考えた嘘を交えて証言した。これならば説得力があるはずだ。手榴弾の入手先を漏らせば危険を回避する方法を伝授してくれた生命の恩人の傍樹和尚に迷惑がかかる。今回も生きていられるのは傍樹和尚の加護に外ならない。
「逃走するのに2人を口封じしていったようだ」「この体液の量から見て奥さんは何度も凌辱を受けていますね」「女性を集団暴行するのは韓国軍の習慣みたいなものだ。やはり軍の特殊部隊が潜入したな」警察官は事件現場になった喫茶レストランで小伏警察署からの捜査員を待って住居内に入った。すると1階の居間では全裸に剥かれ、股間に白い体液が溢れた妻の遺骸が転がされていた。夫はそれを見せられていたようで居間の隅で膝を抱えた姿勢で額を射たれて死んでいた。日頃から親しくしていた駐在所の警察官は流石に直視できなかった。

  1. 2023/02/18(土) 13:23:46|
  2. 夜の連続小説9
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