パーン、パーン、「グッ」「何だ」「大丈夫か」防火服で身を包み火災現場に踏み入って放水している消防士が突然、のけ反って仰向けに倒れた。周囲の消防士たちも火災現場では珍しくない破裂音を聞いたが、防火服の胸には小さな穴が開き、頭巾の窓から覗いている顔は白目を剥いていた。最近、東京や大阪では明らかに放火と思われる火災が頻発するようになり、消火に当たっている消防士が発砲されて死傷する異常事態が発生していた。それだけでなく119番通報を受けて駆けつけた救急車が銃撃されて救急隊員自身が死傷している。
「これでは消火や救急に出動できません」「防火服の下に防弾チョッキを着てくれ。ヘルメットも防弾用にする」「火災現場に派遣する警察官を増員するから頑張ってくれ」これまで自衛隊と警察、海上保安庁が周辺国との武力衝突で多くの殉職者を出している中、消防だけは平常の職務を維持していたが唐突に普通では考えられない危険が降りかかり、勇敢な消防士たちもアカラサマに怯えていた。これまでも救急隊員は射殺された犠牲者を死亡確認のために病院に搬送したことはあったが、消火活動中に銃撃された同僚の遺骸は見るに忍びなかった。しかし、自衛隊の治安出動によって市街地に監視の目が行き届き、中国によって持ち込まれた銃器の摘発が進んだことで辛うじて保たれていた治安が急激に悪化している以上、警察の職務能力は限界を超えているはずなので消火現場の警備まで期待するのは酷だろう。やはり銃器を押収された在日の敵対勢力が次なる手段として放火を採用し、消防士を標的にすることで消火活動を阻害して市民に不安を与える新手のテロのようだ。
「街から自衛隊が消えてテロが頻発」「市民の安全よりも戦争が本業なのか」このような首都圏や地方の大都市の市民生活に直結する問題をマスコミが放置するはずがなく、今までは自衛隊の治安出動に批判的だった新聞やテレビ局までも市街地での隊員の配置を中止して日本海側に部隊を派遣したことが原因と論じていた。特にテレビ局は街角インタビューを放送し、幼い子供を連れた母親や60年安保世代の高齢女性に「自衛隊には戦争と治安維持、災害派遣のどれを期待するのか」と言う質問を投げ掛けていた。
「湧水元太くん」「我々も自衛隊の治安出動によって首都圏や地方の大都市の治安が維持されていることを評価しているんです」マスコミが騒げば国会で最大野党・立権民衆党が取り上げる。衆議院予算員会では容姿だけ見れば善玉の湧水代表が悪役の釜田防衛大臣を追及していた。
「本当か、反対してただろう」ここで野次が飛ぶのは予算委員会の定番だ。確かに立権民衆党はマスコミの請け売りで嫌味っぽく追及していたが反対とは明言してこなかった。
「ところが陸上自衛隊は新潟を中心とする日本海側での演習で治安出動を放棄してしまった。やはり警察を手伝って警察予備隊に戻るよりも戦争で日本軍になりたいんでしょうか」それにしても湧水代表は警察予備隊が1950年に創設されてからの年数が1871年から1945年までの大日本帝国陸軍を超えていることを知っているのだろうか。
「釜田防衛大臣」「自衛隊にとっては治安出動も自衛隊法第6章の自衛隊の行動の76条の防衛出動、78条の治安出動として列挙されている任務であって軽重、優劣はありません」やはり釜田防衛大臣の答弁は内局の官僚が書いた台本通りだった。
「湧水元太くん」「それでは陸上自衛隊は首都圏の部隊の不在で起きている現在の治安の悪化を放置することなく警察の補強を再開させるのですね」「釜田防衛大臣」「はい、そのように指示しています」釜田防衛大臣の答弁は別にして現在の陸上自衛隊は治安出動と災害派遣を目的に全国各地に均等に部隊を配置している平時体制から敵の着上陸が想定される地域に戦力を集中させる戦時体制に移行していて東部方面隊でも首都圏防衛を任務とする第1師団は練馬駐屯地の第1普通科連隊、大宮の第32普通科連隊、静岡県御殿場の板妻の第34普通科連隊、北富士の第1特科隊、朝霞の第1施設大隊などと防衛大臣直轄部隊である富士教導団、北関東から新潟県や長野県を担任する第12師団は松本駐屯地のクレージー・サーティー=第13普通科連隊以外の普通科連隊は主戦場となる新潟県内に置いているが宇都宮の第12特科隊、群馬県高崎市の新町駐屯地の第12施設中隊、第12対戦車中隊を派遣した。それは中部方面隊も同様で東海北陸の第10師団は久居駐屯地の第33普通科連隊や豊川の第10特科連隊、春日井の第10施設大隊、関西圏の第3師団も伊丹駐屯地の第36普通科連隊、信太山の第37普通科連隊、姫路の第3特科隊などを能登半島から鳥取県に配置してる。本来であれば根こそぎの派遣は戦力の空白を生じさせ、敵に呼応した暴動などの危険を招くため避けなければならないのだが、それでなくても人手不足の陸上自衛隊にはそのような余裕はない。明治以降の日本の戦史を見ても日露戦争の旅順攻城戦や奉天会戦、対米戦争の太平洋諸島では師団単位の全滅が繰り返されているのだから至極当然な対応だ。
- 2023/02/25(土) 13:18:00|
- 夜の連続小説9
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