「Jアラートが裏目に出たな」中距離弾道ミサイルSS20の直撃を受けた新潟駅前に駆けつけた消防隊の幹部たちは言葉を失った。通常弾頭とは言え大気圏外から突入した衝撃と爆発は凄まじく弾着地点は深く陥没して地下街では通常の買い物客以上の人々が生き埋めになっていた。おそらく地上の歩行者も市の一斉放送やスマートホンでJアラートの発令を知って近くにあった入口から地下街に避難したようだ。
「大体、日本の地下街は地震や台風なんかの災害時の避難は想定していても防空壕としての機能は持っていないだろう」「確かに建設基準には強い震度を受けても崩落しない構造で水害で流入する大量の水を排出する機械は備えることになっていても爆弾に耐える強度は盛り込まれていないな」対米戦争中、新潟市は広島市、小倉市(当時)、京都市と並んで原爆の投下目標になっていたため県内の他の都市が空襲を受けても無傷だった。ところが戦後になって東京オリンピックの開催4カ月前の昭和39年6月16日に新潟地震が発生して市内は壊滅した。そのため消防でも大規模な都市災害と言えば地震になってしまう。
「ガイガーカウンターは反応しないな。核爆弾じゃあなかった」「核兵器だったらこの程度ではすまないだろう」消防隊員たちも北朝鮮の弾道ミサイルが目の前に広がる日本海に着弾していることはニュースで見ているだけにそれなりの危機意識は持っているが知識は不足しているらしい。SS20に搭載できる核弾頭は150キロ前後と推定されているが、広島のリトルボーイが4トン、長崎のファットマンは4.5トンなのに比べるとかなり小さい。とは言え核物質の濃縮と精製などの技術は飛躍的に発達しているので重量と威力は比例しない。
「韓国じゃあ空襲警報が発令されれば地下街に逃げ込んで入口を封鎖するが、あれは核兵器にも対応できるんだろうな」「あっちは戦時国家だった時に作ったから本格的な防空壕だよ。その点、うちでは・・・」地下道や地下街を防空壕にするには地震とは違い爆弾の着弾による一箇所集中的な圧力に耐える強度が必要になる。さらに核爆発を想定すれば超高熱や放射能を遮断する壁材などの本格的な戦時用地下施設になる。しかし、地下商店街として計画している施設に戦時用の機能を付加すれば自治労や野党議員がマスコミと一緒に「戦争の準備だ」と騒ぎ出して予算が成立しない。かつて航空自衛隊が地下25メートルの航空方面隊指揮所兼防空指令所を建設した時、構造物は核爆発に耐え得る強度を確保したものの換気装置に放射能除去機能を付加することを大蔵省(当時)が認めず修理名目で部品を買い集めてメーカーの指導を受けながら自力で設置した。その話を聞いて勤務する隊員たちは「身体は無事でも放射能障害でジワジワ死ぬんだぞ」「一瞬で死ぬ方が楽だな」と話し合っていた。自衛隊の施設でさえ認められなかった核攻撃が現実の危機になっている。
「消防車は石油貯蔵タンクに全車投入したが、こっちは火災が起きなかった代わりに掘り出しの土木作業になる」「遺骸を捜索しながらだから機械力も期待できないな」駅前では建物が鉄筋コンクリート製だったこともあり、爆発でガラスが砕け散り、着弾地点に面した壁と床が崩落しているが、火焔が着火することなく火災は発生しなかった。一方、新潟港の両岸に建ち並ぶ石油貯蔵タンク群にも同じ弾道ミサイルが着弾してこちらは大規模な火災が発生している。自衛消防隊の夜勤者が初期消火に当たったが着弾の衝撃や爆発でパイプが破損して流出した大量の石油に引火したため手に負えるはずもなく、新潟市内の消防署だけでなく市長の要請を受けた企業からも全ての消防車が派遣された。しかし、化学消防車は少数なので水噴霧で火の手を抑え、周囲の温度を下げて類焼を防ぐこと以上の活動はできていない。
「今、陸上自衛隊が演習で新潟県内に集ってるんだろう。災害派遣で活躍してもらうしかないよ」「東京の周りじゃあ連続放火で手が足りないぞうだから応援は頼めないな」消防隊の幹部は夜間照明の中で隊員たちが手作業で瓦礫を撤去しているのを見て完全に平時の発想で善後策を話し合った。東京で消火活動中の消防士が射殺されている事件は緘口令が敷かれて日本海側まで伝わっていないようだ。現在、陸上自衛隊が第1師団、第12師団と富士教導団を新潟県に集中させているのはそこがロシア軍の上陸が予測される主戦場だからだ。弾道ミサイルを射ち込まれたのはその攻撃が間近に迫っていることを意味している。消防にとっては石油貯蔵タンク群で発生している大規模火災が実戦なのかも知れないが、国家としての戦争は別に始まっているのだ。東京ではその戦争を決断する人物に立野官房長官が報告していた。
「総理、新潟にロシアの弾道ミサイルが2発、着弾しました。石油貯蔵タンクが炎上しています」「核兵器か」「いいえ、通常弾頭のようです」「そうか、それは良かった」かつて自社連立政権の社会人民党の首相は阪神淡路大震災のニュース映像を見て「大変なことじゃのう」と呟いたと言われるが立野官房長官には石田首相も大差がないことを実感させられた。
- 2023/02/28(火) 14:39:05|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0