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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ414

「2147(21時47分)にオール・ジャパン(日本全土)にアップル・ジャック(空襲警報・赤)が発令されました」「デフコン(ディフェンス・コンディション=防衛態勢)もコックド・ピストル(態勢5)だな」佐渡分屯基地は全島民の避難に合わせて官舎に居住している隊員の家族とWAF=女性自衛官を本州に帰したため男所帯になっている。分屯基地司令を兼務している第46警戒隊長は本部庁舎1階の隊指揮所で入間基地の中部航空警戒管制団司令部からメールで届いた情報で日本海を南下する多数の弾道ミサイルの探知と最上位の空襲警報・アップルジャック(赤)の発令を知った。
「庁舎地区、業務停止、防空壕に退避せよ。監視小隊と派遣警備小隊は小隊長所定とする」隊長は手順通りに指示を与えた。海抜510メートルの両尾山にある庁舎地区では施設班が佐渡市内の建設業者から提供を受けた巨大なヒューム管をグランドに深く埋めて防空壕を構築した。しかし、海抜1042メートルの妙見山の山頂のレーダー地区には新たに防空壕を建設する適地がない上、監視を放棄して退避するには中部航空方面隊指揮所の許可が必要だ。熊谷基地から派遣されている警備要員もレーダー地区への山道の登り口の冬季除雪要員の待機所にいるがこちらも山影に身を潜めてもらうしかない。
「私は残ります」「私もです」「それでは私も残ろう」「それは・・・」空曹空士たちがグランドの防空壕に退避すると運用管理班長と総務人事班長の幹部2人は意外なことを申し出た。確かに防空壕は電気がつながっておらず、排気ガスが充満するため自家発電も不可能で、地下だけに携帯電話の電波も届かないから野戦用有線電話以外は指揮連絡が途絶しているのだ。結局、3人はそのまま残ってパソコンを注視した。
すると窓の外から「ズーン」と重い衝撃音が2回聞こえ、続いて「ドーン」「ドーン」と言う爆発音が続いた。それから十数分後に空襲警報がレモン・ジュース(黄)に下がり、隊長は退避の解除と業務再開を指示すると電話で連絡している総務人事班長を残して運用管理班長と中央階段を屋上に登っていった。
「これは酷いなァ・・・東西どちらが燃えてるんだ」「東のようです。おそらく東基地の貯蔵タンクは全滅でしょう」67キロ離れた佐渡島の海抜510メートルからでも夜空を紅く照らすような新潟市の石油貯蔵タンクの爆発と炎上は間近に見えた。日本有数の油田地帯の新潟市には港の出入口を挟む東西両岸に石油貯蔵基地があり、東側に10基、西側に7基の大小のタンクに合計百万キロリットル以上の原油と精製を終えた製品油を貯蔵している。つまり運悪く貯蔵量が多い=被害が大きい方に弾道ミサイルが命中したことになる。
「弾道ミサイルは先に12発、次に4発の16発だったんでしょう。ロシアはどこに射ち込むつもりだったんですかね」この運用管理班長の質問は上司と部下、指揮官と幕僚と言うよりも兵器管制職種の先輩と後輩の感覚だ。隊長は部内、運用管理班長は防衛大学校出身なのでこちらの上下関係はない。強いて言えば師弟関係ではある。
「戦術の基本手順としてはレーダーサイトを破壊して目を潰し、通信施設を破壊して口と耳を塞ぎ、航空基地を破壊して手足を封じるはずだが、先ず市街地を攻撃したのは理解に苦しむな。落とされた弾道ミサイルが狙っていたはずが予想以上にイージス護衛艦の能力が高ったと言うことかな」「つまりイージス護衛艦が撃破してくれなければウチも殺られていたと言うことですか」運用管理班長の答えに隊長は感情を交えずにうなずいた。そこに数人の空曹が屋上に出てきたので運用管理班長が「業務再開だろう」と注意したが「待機中です」と答えた。
「監視小隊は退避したのか」「いいえ、『逃げても無駄だ』ってコンソール(ダーダー受像機)から離れずにポジション(航跡位置)をセンチュリー(中部防空指令所=仮称)に送り続けていたようです。勿論、センターSOC(中部航空方面隊指揮所)は退避しろと言ってきましたが無視したそうです」2人が隊指揮所に戻ると監視小隊長から報告が入っていた。航空自衛隊では地上の安全が確認できなければ航空機が飛行不能に陥っていてもパイロットは脱出できない。そのため兵器管制幹部はパイロットと末期の対話をすることになり、多くの場合、断末魔の叫びではなく安堵したような声で「海面に漁船なし」と言った直後に交信が途絶えた。そして昭和58年9月1日にサハリン上空で大韓航空機が撃墜された時、日本政府が「実行を認めなければ証拠を公開する」と脅しをかけるとソビエト連邦軍は航空自衛隊のレーダーサイトを目標にした空対地ミサイルの発射訓練を繰り返した。それでも警戒管制員たちは自分たちに向かってくるソビエト連邦軍機の航跡を注視しながら「殺るなら殺れ」と死んだパイロットたちの後を追う覚悟で仕事を続けていた。今回、日本人の精神性が崩壊したと言われる平成生まれの若い警戒管制員たちにも航空自衛隊伝統の覚悟が継承されていることが実感できた。
  1. 2023/03/01(水) 14:42:39|
  2. 夜の連続小説9
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