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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月2日・是非再戦を!ダマンスキー島=珍宝島でソ中が軍事衝突した。

現在、西側の正義を否定することで一致団結しているロシアの前身・ソビエト連邦と共産党中国が1969年の3月2日にアムルー川の支流・ウスリー川の中州のダマンスキー島=中国名・珍宝島で軍事衝突し、15日にも繰り返されました。
この紛争については毎度のことながら双方が「相手が先に攻撃してきた」と主張していましたが、最近は共産党中国の歴史研究者も「共産党中国側が先に手を出した」と認めています。実際、野僧が見た共産党中国側の勝利を誇示する記録映像では草むらに潜んでいた中国兵が停車したソビエト連邦軍の戦車に群がり、ハッチから身を乗り出していた車長を散々に殴打した後に引き摺り出して投げ落とし、それを別の中国兵たちが足蹴にして鼻と口から大量の血を噴き出して痙攣を始め、車内に残っていた他の戦車兵たちも同様の目に遭って銃や刃物を使わないだけで明らかに殺害していました。またNHKのドラマになった山崎豊子さんの「大地の子」では主人公・陸一心の幼馴染の袁力本が人民解放軍の中隊長になってソビエト連邦軍と対峙していました。
ダマンスキー島=珍宝島はウスリー川の中流にある長さは1700メートル、幅は500メートル、面積0.74平方キロメートルとかなり大きく平坦な中州で、ソビエト連邦側は300メートルの主流でそれから反れる形で流れる共産党中国側から200メートルの川に囲まれています。
この紛争の歴史的経緯としては19世紀に本格的に極東に進出して満洲の支配を狙っていた帝政ロシアが1689年にピョートル1世が清朝と締結したネルチンスク条約を改定して新たに国境線を画定する交渉を行いましたが、満州族の国家にも関わらず伊能忠敬さんによる大日本沿海輿地全図のような正確な地図を持っていなかったため半ば口約束のようなアイグン条約を1858年に締結したのです。その結果、極東から中央アジアにかけての国境線が不明確な状態になり、それは近代国家を標榜する中華民国や日本が実権を握る満洲国になっても変わらず、むしろ共産党中国になると毛沢東主席は香港と同様に帝国主義の時代に列強に奪われた土地として奪還を画策するようになりました。
その一方でフリスチョフ第1書記のスターリン批判と西側への接近によって路線対立が生じると毛沢東主席は共産主義国家の盟主を標榜するようになり、あえてソビエト連邦と対立することで「敵の敵は味方」と思い込んだアメリカに接近させ、その飼い犬の日本を取り込んで技術と資本を思う存分収奪する日中友好戦略を進め、その一環としてソビエト連邦との軍事衝突を演出することにしたのです。
こうして発生したダマンスキー島での軍事衝突は共産党中国側の発表では「ソ連軍は上級将校を含む58名が死亡、94名が負傷したのに対して中国軍は29名が死亡」としていますが、ソビエト連邦側の発表では「中国軍は248名以上が死亡したのに対してソ連軍は32名が死亡、14名が負傷」になっています。その真偽は別にして中国軍が捕獲したT-62戦車は中国人民革命軍事博物館に戦利品として展示されています。
西側の正義を守るためには是非とも全面戦争になるまで再戦してもらいたいものです。
  1. 2023/03/02(木) 15:48:59|
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