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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ421

「宮内庁長官が見えています」立野官房長官が首相の執務室に移動して石田首相、双木外務大臣、釜田防衛大臣との議論を終えて内閣官房に戻ると女性職員が声をかけてきた。超多忙な官房長官に事前連絡なしで訪れるのは非常識以前に無茶に等しいが相手が相手だけに畏れ多い事情がありそうだ。宮内庁は敗戦後に総理府の外局に格下げされたが1999年の内閣府設置法で「内閣府が設置する独自の位置づけの機関=外局等」に変更されている。それでも宮内庁長官はあくまでも特別職国家公務員の事務官であって閣僚ではない。
「おいそがしいところ申し訳ありません」「いいえ、お待たせして申し訳ありませんでした。総理にお取り次ぎしますか」内閣官房の応接室で待っていた宮内庁長官は立野官房長官よりも7歳年上の元警視総監だが現在の職務に相応しい物腰で挨拶した。
「いいえ、実はその総理に関して御相談したいことがございまして」立野官房長官がソファーの対面の席に腰を下ろすと宮内庁長官は身を乗り出して低い声で話を続けた。つまり立野官房長官個人に要件があるらしい。内閣官房長官の所掌業務には首相の補佐と同時に内閣の庶務と調整も含まれるので外局等の長の宮内庁長官が相談に来ても不思議はない。
「失礼します・・・長官はお替わりはいかがですか」「いや、結構だ」そこに女性職員が立野官房長官のコーヒーを持ってきた。民政党政権の時には事業仕分けの一環として首相官邸への来客に出す飲み物はミネラル・ウォ―タ―と日本茶以外は来訪を受けた側に料金を請求していたが、自民党政権に戻ってからは社会常識に復しているのでそちらの心配はない。当然、2人の密談は女性職員が退室するまで中断した。
「実は総理が陛下に閣議への出席を打診して来られたのです」「はァ・・・国会の間違いではないんですか」国会法第9条では国会を召集する時、衆議院議長は開会式を主宰するが天皇は日本国憲法第7条が定める国事行為として出席する。ところが宮内庁長官は元警視総監には似合わない深刻な顔を重々しく振った。
「私もそう思ったのですが違うようです。どうやら戦前の御前会議の再現を考えておられるようなんです」「そんな馬鹿な・・・」完全に想定外の説明に立野官房長官は絶句してしまった。仮に石田首相の打診を受けて天皇が閣議に出席しても日本国憲法第4条に「天皇はこの憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と明記されている以上、政治的な意味はない。尤も大日本帝国憲法でも第4条「天皇は国の元首にして統治権を総攬し此の憲法の条規に依り是れを行う」、第5条「天皇は帝国議会の協賛を以て立憲を行う」、第6条「天皇は法律を裁可し其の公布及び執行を命ず」と立憲君主制を採用しているので御前会議に政治的権能はなかった。無条件降伏させた昭和天皇の「聖断」は立憲君主として政府が決定した開戦を阻止できなかったことへの自責の念が発した超法規的措置だったと言われている。
「この非常事態に何を考えてるんだろうか」「私も古巣の後輩から現在の我が国が置かれている危機的状況は聞いていますが、総理はロシアが広島に核兵器を使うと言われたことで戦意が折れてしまったようです」「そんな馬鹿な・・・」立野官房長官は同じ相槌を繰り返しながら国際連合安全保障理事会でロシアが呉基地への核兵器の使用を公言したのを聞いた時の石田首相の反応を思い出した。確かにそれまでの石田首相は選挙区の広島市の地方マスコミが作る世論の動向に過剰反応して自衛隊の行動には消極的だったが必要最低限の対処は認めていた。ところがロシアの核の脅しに広島の世論が反戦一色に塗り固められるとそれを先導するかのように事態の激化に背を向けて防衛出動を拒否=阻止していた。
「総理は鈴木貫太郎首相のように陛下の意向として無条件降伏を決定したいのでしょうか。陛下の国事行為は内閣の助言に基づいて決定されますから内閣総理大臣の意向には従わざるを得ないのですが皇室の政治利用には同意できません」「ところで陛下は防衛出動の発令に賛成なんですか」宮内庁長官が対米英戦争を終結させた昭和天皇の聖断を引き合いに出したので立野官房長官は逆に開戦を決定した御前会議で明治天皇が日露開戦に際して詠んだ「よも(四方)の海 みなはらから(同胞)と 思ふ世に など波風の たちさわぐ(立ち騒ぐ)らむ」の御製を読み上げて本意を表明した故事を思い出した。今の天皇は家庭教師だったアメリカ人女性に父親の昭和天皇を戦争犯罪者と刷り込まれて反自衛隊の平和運動に賛同していた平成の天皇の薫陶教育を受けているので防衛出動に反対していても不思議はない。
「陛下は皇后陛下と内親王殿下をオランダに亡命させたいとの御内意を漏らしておられますから覚悟はお持ちなのではないですか」「それを言いに来ましたね」立野官房長官の指摘に宮内庁長官は苦笑して軽く首を振った。オランダならナチス・ドイツの侵攻を受けた時、女王一家が国民を捨ててイギリスへ亡命した前科があるので逃亡先には最適だ。
  1. 2023/03/08(水) 15:05:55|
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