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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ424

「どうやら日本に強制送還されるらしい」「国際刑事裁判所の定年って65歳だっけ」自衛隊の人事移動では先ず「彼をここに動かしたいがどうだろうか」と言う調整が入り、正式な予告として内示が出てから人事命令が発令される。今日のハーン首席検察官の話は調整の段階だったが私は帰宅すると出迎えた梢に教えた。私の冗談めかした説明にボケながら突っ込むところは流石は梢だ。しかし、ハーン首席検察官も雑談の中で言っていたが開戦直前の日本に帰国させる人事は強制送還に等しく、私が元自衛官だから遠慮なく調整してきたのだろうか。こちらでも戦場での現地調査を専門にしてきたので戦歴は十分だ。
「今度の仕事は判ってるの」「あっちでも検察官に任官するらしい」「任地は東京かな・・・」私の返事に梢は考え込んだ。2人で立てていた人生計画では65歳で国際刑事裁判所を退任すれば入籍した夫婦として帰国して沖縄県の石垣市で弁護士事務所を開業する予定だった。石垣市では義母と同居を始めるのと並行して義父の遺言通りに亀甲墓を作って義兄と義父の遺骨も改葬する。それが本土への転任となると高齢の義母を呼び寄せることも慎重に再検討しなければならない。この話題は長くなりそうなので中断して帰宅時の習慣のウガイをしに洗面所に向かった。話は夕食を取りながら再開する。今日のオカズはオヒョウのステーキのようだ。
「本当は八重山が危なくなればあかりたちをオランダに呼ぶつもりだったんだけどね」「沖縄本島はアメリカ軍が居るから安心だけど八重山は台湾侵略の足がかりにされかねないからな」オランダで傍観している元自衛官の分析では中国とロシアはアメリカとの正面対決を避けるため日米安全保障条約の「国際連合が機能しない場合」と言う発動要件の欠陥を利用して常任理事国としての強権のレベルを踏み出さないできた。ところが奄美諸島と北海道への侵攻は琉球王国を中国皇帝の属国、アイヌ人をロシアの保護民族としてその主権回復を口実にしている。こうなればアメリカや日本に国交条約で「中国の一部」と認めさせている台湾への侵攻を「内政問題」と介入を拒絶する伏線は完成している。ヨーロッパのマスコミは「ロシアが新潟への侵攻をウラジオストックから太平洋に抜ける航路の安全確保を口実にしている」と報じているが侵略者の論理は古今東西そのようなものだ。
「時期は」「国際刑事裁判所の命令で参加しているウクライナの公判の検察側の弁論が終わらないと職務放棄になってしまうから半年くらい先じゃあないかな。ウクライナの公判にワシはそんなに必要ないが、バックに国際刑事裁判所が控えていると言う圧力が判事に公正な判断を促しているんだよ」確かにウクライナの通常裁判所でのロシア軍の戦争犯罪者の公判はソビエト連邦時代に学校教育でロシア語を習っているウクライナ人の検察官がいれば十分で、ウクライナ語は全く解せず、ロシア語でさえ片言にもならない私は役に立っていない。それでもあえて国際刑事裁判所の法廷服を着て出席している私の存在感は裁判官たちに無言の圧力をかけ危惧されていたロシアに迎合した判決は回避できている。
「連絡はこれからも貴方に直接入るのかしら」「ワシは法務省に所属していないから現段階では新規採用みたいなもんだ。それでも入社案内程度の情報は届くかも知れないな。むしろ期日や転居場所を指定されれば自分で帰国手続きを踏まなければならないだろう。よろしく頼むよ」「うん、まかせておいて」打診に近い調整段階では具体的な情報が乏しいのでこの程度しか話題がない。本当は戦争の危機が迫る日本に帰ることを前提に梢の意志を確認し、居住場所を話し合うべきなのだが「貴方と一緒」以外の答えはあり得ない。
「ヨーロッパで行ってなかった場所はなかったっけ」夜の散歩になると話題が軽くなる。この散歩は若い頃のデートの再現でもあるので当然だが、戦地となるであろう日本に帰国=出征する者同士の会話には聞こえない。これでは「死なば諸共」と心中願望を共有しているようだ。
「中国の細菌兵器で何年も中止させられたからな」「本当なら1周回って気に入った場所に何度も通うつもりだんだけどね」私の答えに梢も残念そうに踵で路面を蹴った。私たちはオランダに赴任した時から夏の長期休暇と年末年始を利用してヨーロッパ各地に旅行に出かけてきた。夏はスイスや北欧、冬はイタリアやスペイン、ギリシャの地中海側、それ以外の季節はフランスやドイツ、イギリスに列車で行くはずが2020年の春節に中国人旅行者が持ち込んだ細菌兵器が爆発的に蔓延して3年近く中止を余議なくされた。ポーランドなどの東欧もロシアのウクライナ侵攻で観光と言う雰囲気ではなくなってしまった。結局、何度も通ったのはスイス軍民兵の訓練に参加するためのクラウヴュン州バートラガーズのアレクサンダー・レーア大尉の民宿だけだった。それも最近は中国の細菌兵器で中止している。
「帰る前にスイスのレーアさんの民宿にだけもう一度行っておきたいわ」「安川1尉の現状を教えておくべきかも知れないな」その時、前から警邏中の警察官の懐中電灯に照らされた。
  1. 2023/03/11(土) 14:36:04|
  2. 夜の連続小説9
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