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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ426

「今度はかなり危ないな」稚内で第3高射群の警備に当たっている森田謙作予備3曹は仮眠所にしている第18警戒隊の隊舎で親しくなった警備職の空曹と配給を受けた缶ビールを飲みながら戦況を語り合っていた。稚内の展開地の警備は北海道知事による地域住民の道南への避難が指示されてからは大幅に縮小されて陸上自衛隊は市内を巡回して進入者を警戒するだけになっている。そのため航空自衛隊の隊員から航空総隊レベルの情報を聞いているが、ロシア軍は新潟への大規模な侵攻と並行して北海道へも地上部隊を上陸させる作戦の準備中らしい。
「偵空(偵察航空隊)のRQー4(グローバル・ホーク)が国後島に残った輸送ヘリコプターを終結させて、樺太ではオホーツク海周回のフェリーに兵員と戦車、装甲車を搭載しているのを撮影したそうだ」この空曹は第3術科学校警備課程の森田敬作定年2佐の教え子で神のように崇拝しているが、息子の森田予備3曹も緒戦で第3高射群の展開地に侵入しようとした日本人工作員を射殺していて父の魂を受け継ぐ警備の英雄として尊敬してくれている。
「そうなると網走港に接岸するな。網走は5旅団管内だが上陸部隊は旭川に向かう可能性が高いぞ。そうなると我が2師団は・・・」「アンタたちは北方(北部方面隊)混成団だろう」森田予備3曹が言いかけた見解の間違いを空曹が指摘した。稚内も第2師団の管内なので陸上自衛隊の組織に関する知識は持っているようだ。
「網走からは国道39号線で内陸を進むか、239号線をオホーツク海沿いに西に向かうはずだが、39号線なら美唄、239号線なら遠軽が迎え撃つな。稚内までは迂回しないだろう」流石は森田3佐の教え子だけあって空曹の研究は森田予備3曹の上を行っているが、戦闘の範囲はあくまでも基地警備に留まっているようだ。
「それでロシア軍が上陸すればアンタたちは第2師団に加わって戦うんだろう」「多分、師団司令部の警備だね」森田予備3曹は不満そうに答えながら1本目の缶ビールを飲み干した。森田予備3曹は本来、曹侯補士として名寄駐屯地の第3普通科連隊に配属されてバイアスロンの冬季オリンピックの選手が揃う連隊の大会でも上位の常連として活躍した。陸曹に昇任すれば冬季戦技教育隊に入校して修了後はオリンピックの強化選手になるはずだった。ところが自衛隊生徒=少年工科学校出身の北部方面総監が所属隊員の陸曹が陸士よりも多い階級構成を問題視して曹侯補士の一律退職を厳命したため照子の実家の牧場で働きながらの即応予備自衛官になったのだ。即応予備自衛官は師団司令部の警備と後方業務、戦闘による欠員の補充が任務なので、個人の能力や経験に関わりなく決められた枠内で使うのが陸上自衛隊の人事だ。旭川駐屯地の第52普通科連隊第2中隊に所属する即応予備自衛官の大半は第2師団出身だが現時点では戦時の人事異動は発令されていない。
「勿体ないね。このまま稚内で働いてもらいたいところだが、ウチもレーダーがやられてPAC3を射ち終われば撤収するはずだから時間の問題だろう」空曹も2本目の缶ビールを開けて口をつけると意外に弱気な現実を語った。確かに根室では展開中だった第6高射群が日本人工作員によって全滅させられ、第26警戒隊のレーダーも国後島からの地対地ミサイルで破壊されたため現在は入間基地から展開してきた第2移動警戒隊がJ/TPSー102移動レーダーで監視に当たっているが、これも破壊されれば襟裳分屯基地まで後退することになっている。網走分屯基地の第28警戒隊はロシア軍が上陸前に実施する地上戦力の掃討射撃で破壊されることを想定しているがレーダー波が発信できる間は踏み留まる覚悟らしい。森田定年2佐も空曹時代は警戒管制員だったが、あの強烈なプロ意識はそこで身につけたのかも知れない。しかし、そのまま陸上自衛隊に合流して地上戦闘に参加する気にはならないのだろうか。稚内から千歳基地まで後退するまでに幾つかの陸上自衛隊の部隊の陣地を通過するはずだ。根室から襟裳岬も同様で上陸して侵攻してくるロシア軍に背中を見せて追いかけっ子するくらいなら陸上自衛隊に加わる方が武人としての身の処し方ではないか。
「撤退手段は決まっているのか」「第1案は輸送ヘリで一っ飛び、ただし、一度では無理だから逃げ遅れる者がでる。残りは陸路だがJRの特別列車は無理だからバスにトラックになるな。私有車の方が早いが上は民間人と区分ができないから駄目だと言ってるらしい。俺たち警備は最後尾で追撃を阻止しながら逃げるんだ」やはり後退方法についても具体的に研究しているようだ。陸上自衛隊では国鉄労働組合によるストライキの頻発で物資輸送が停滞したため昭和35年に施設科の隊員に蒸気機関車の操縦を習得させた鉄道部隊が習志野駐屯地で設立された。鉄道部隊は災害派遣の救援物資の輸送や鉄道復旧工事などで活躍したが、機関車のデイーゼル化や電化に伴う新規取得が認められず昭和41年に廃止された。今も維持していれば大いに活躍させられるのに惜しいことをした。
  1. 2023/03/13(月) 15:17:40|
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