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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ427

「雪の進軍氷を踏んで どれが河やら道さえ知れず・・・」「おッ、雪うさぎの慰問ラジオが始まったぞ」森田予備3曹が稚内分屯基地で夕食を取っていると食堂ではFMラジオが流れていた。間もなくラジオから進軍ラッパの前奏に続いて軍歌「雪の進軍」が響いた。これは照子の慰問FMラジオ放送のオープニング・テーマだ。食事中の隊員たちは一斉に顔を上げて声が聴こえてくるスピーカーを見た。この分屯基地の航空自衛官たちは森田予備3曹と本名は明かさないDJの雪うさぎが夫婦であることは知っている。それでも分屯基地内限定にするように要望しているので重大な秘密を共有しているような気分を楽しんでいる。秘密保全の見返りに非公開の照子の写真を見せたので隊員たちが自らに課す守秘義務は強固だ。
「私たちの北海道を守って下さっている防人(さきもり)の皆さん、今日もお勤めご苦労さまです」「はい、服務中異常なし」雪うさぎの毎回の冒頭の辞に何人かの隊員は嬉しそうな声で返事をした。一方、森田予備3曹は自分への言葉として受け取っていた。
「今日のニュースはかなり厳しくて私も読むのが辛いです・・・」この番組では北海道庁と防衛省北海道地方協力本部が編集し、北部方面総監部、大湊地方総監部、北部航空方面隊の審査を受けているニュースから始まる。雪うさぎが所属・氏名・階級不明の自衛官の妻であることは明かしているのでこの率直な感情表現も共感を得ているようだ。
「今日の14時頃、防衛省がロシア軍が新潟への上陸作戦と同時に北海道への侵攻を、中国軍も九州から奄美・沖縄諸島に侵攻するための輸送艦隊の出撃準備を進めていると発表しました。なお、中国軍と樺太のロシア軍は海軍の揚陸艦ではなく民間の大型フェリーを使用するようです」ニュースの内容自体は現場でも口コミで広まっている情報だが公式に認められると覚悟を決め直さなければならない。それにしても防衛省が航空自衛隊やアメリカ軍の偵察機が察知した作戦準備の情報を公表したのは牽制する効果を狙ったにしても逆に焦らせて決行を早める結果にならないだろうか。まだ自衛隊には防衛出動が下令されていないのだ。
「ニュースは以上です。次は家族の皆さまからのメール紹介のコーナーです」「ウェン アイズ(アイ ワズの短縮) ヤング アンド レッスン トゥ ザ レイディオ(ラジオ)・・・=私は若い時、ラジオを聞きました」雪うさぎの番組では最近はカーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」をこのコーナーのテーマ曲にしている。これは航空自衛隊のパイロットの妻が同級生だった夫と英語の勉強に聴いた曲としてリクエストしてきた。確かにラジオ番組には相応しい曲だが英語の歌詞の意味が理解できなければ単なる洋楽の懐メロに過ぎない。
「今日の最初のメールは少し遠いところからです。愛媛県在住の森田元2等空佐さんです。テ・・・雪うさぎ、ご苦労さん。慰問ラジオで前線の隊員たちを励ましてくれ・・・森田さんは私の義父なので本名を呼び捨てでした。森田さんは遠方に居住しているOBで、航空自衛隊に多大な影響を与えた人なので苗字と階級を紹介させていただきました」雪うさぎが説明するまでもなく警備職の隊員たちは崇拝する森田敬作定年2佐からのメールと聞いて姿勢を正していた。航空自衛隊では増加警衛の特別勤務につくので警備職に限らず森田定年2佐の影響を受けているようで森田予備3曹が息子と知っている隊員たちも視線を浴びせてきた。
「それではリクエストです。1971年の戦史アニメ『決断』の主題歌です。この歌は2020年の連続ドラマ『エール』の主人公のモデルだった古関裕而の作曲で、あのドラマでも紹介していた『高原列車は行く』の丘灯至夫の作詞です。ドラマでは古関は自分が作った軍国歌謡に共鳴した多くの若者が軍隊を志願して戦死したことを後悔していたと強調していましたが、本当はこの歌だけなくて自衛隊歌『この国は』や『君のその手で』、それに陸上自衛隊歌『栄光の旗のもとへ』や海上自衛隊歌『海を征く』も作曲していますから反自衛隊の活動家になった訳ではないんです。そう言えば航空自衛隊歌『蒼空遠く』は高山実の作品です」雪うさぎの解説は森田予備3曹も知らない知識なので愛媛の森田定年2佐とメールを交換して教えられたのかも知れない。森田予備3曹は子供の頃、父親と風呂に入り、散歩に出かけると「蒼空遠く」を聞かされて憶えてしまったが肝心な陸上自衛隊歌の方は聞いたことがない。
「知恵を巡らせ頭を使え 悩み抜け抜け男なら 泣くも笑うも決断一つ 勝って驕るな敗れて泣くな 男涙を見せぬもの・・・」この歌も森田定年2佐が愛蔵していた戦史アニメ「決断」を借りて見た時に聴いて憶えている。ところが今回は間奏を挟んで2番以降があった。
「辛い時には相手も辛い 攻めか守りか腹一つ 死ぬも生きるも一緒じゃないか 弱気起こすな泣き言いうな 伸るか反るかの時だもの」「右か左か戻るか征くか ここが覚悟の決めどころ 勝つも負けるも決断一つ 一度決めたら二の足踏むな 俺も征くから君も行け」食堂の空気が重くなり、全員が箸を置いて黙り込んでしまった。流した時間が拙かった。

  1. 2023/03/14(火) 14:41:15|
  2. 夜の連続小説9
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