fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ432

海上自衛隊は中国海軍の軍港の沖に潜水艦を配置して監視に当たらせている。海上自衛隊でも潜水艦の行動は最高度の防衛秘密であり、細部は一切明らかにしないがこの潜水艦はそうりゅう級のどんりゅうだ。そうりゅう級は通常型では世界最大の2950トン、性能は中国が使っているソビエト連邦製の攻撃型原子力潜水艦を凌駕している。
「中国軍機が低空で接近、機種は小型ジェット機、攻撃機らし」「Yー8じゃあないのか。警戒が厳重になったな。いよいよ出撃だぞ」レーダー員の報告に艦長は副長を振り返って声をかけた。Yー8は中国軍の対潜哨戒機だがソビエト連邦軍が1957年に導入したアントノフ12輸送機に電子装置を搭載しただけの粗雑品なので性能はアメリカ海軍のPー8や海上自衛隊のPー1とは比べ物にならない。一方、航空自衛隊で言えば三菱の粗悪品・Fー1に相当する戦闘攻撃機は中国製のJHー7になるが、海軍も対艦攻撃用に保有しているらしい。
「低空では艦影を発見される危険があります。JHー7にはソナーがありませんから急速潜行しても大丈夫です」「下手に動けばかえって危ない。そのまま」「そのまま、ヨーソロ」副長の意見に艦長は首を振って指示を与えた。現在のどんりゅうは海面にレーダー・アンテナを出しているため深度が浅く、低空からでは黒い艦影を発見される危険性がある。しかし、艦長は海面が太陽光を反射しているので急速潜行によって不自然な波を立たせることを避けた。
「攻撃機は遠ざかります」「あの様子では攻撃する気だったな」艦長の独り言に操舵室の乗員たちは身震いした。自衛艦隊は太平洋で中国海軍の潜水艦を撃沈しているので教育資料として回収した乗員の遺骸や部品の画像を目にする機会がある。潜水艦の乗員同士では「潜航中に攻撃されるのも撃沈と言うのか」と茶化しているが明日は我が身なのだ。
「自衛艦隊司令部から入電、Z(ゼット)、以上です」「そうか・・・この一戦だな」艦長は通信員が手渡したバインダーの電文用紙にサインをすると独り言を呟いた。「Z」とは言うまでもなく秋山真之作戦参謀が旗旈信号の「Z」一旗に付与し、日本海海戦で連合艦隊旗艦・三笠に掲揚した「皇国の興廃この一戦にあり」を意味している。
「上海のがんりゅうと福州のげんりゅうにも同じ電文が届いているんでしょう。我々は舟山を出撃した艦隊を攻撃しろと言うんですね」「舟山には複数の大型フェリーが入港しましたからウチの仕事になります」艦長が通信員にバインダーを返すと副長と砲雷長が意見交換した。
「それにしても中国艦隊は前回と同様に那覇の5空群が対処する予定でしたが、我々に回ってきたのには何か理由があるのでしょうか」「那覇のウェザー(天候)はノー・クラウド(無雲)に近い晴天です。風はノースなので飛行に問題はありません」副長の疑問に気象も担当している航海長が答えた。乗員を必要最小限にしなければならない潜水艦の場合、気象は海中の潮流の状況だけなので専門の担当者を置くほどではないのだ。
「陸の上のことは海の上からでも判らないことがある。海の中では尚更だ。今はこの一戦を確実に遂行するだけだ」「はい、戦う仕事も経験しないと海上自衛隊の潜水艦乗りではありません」艦長の叱責にも似た指導に副長と砲雷長は姿勢を正した。
「攻撃地点に到着しました。推定航路から21マイル(=35キロ)」「機関停止」「機関停止」「魚雷4発、速度55(ノット)、発射準備」「魚雷4発、速度55、発射準備」航海長の報告を受けて艦長は淡々と指示を与えた。日本海軍の酸素魚雷は40キロを超える長射程距離、威力、速度、航跡に泡を曳かない隠密性などで世界最高・最強の魚雷と絶賛されたが海上自衛隊の魚雷もその伝統を引き継いで多くの優れた機能を持っている。40ノットで27ノーティカル・マイル(海里=50キロ)、55ノットで21ノーティカル・マイル(39キロ)の長射程も傑出しているが、入力したエンジン音を他の艦艇や囮音、海水の温度差によって生じる乱伝播の中で識別する精度は群を抜いている。
「前方に艦隊、大型艦が4隻、周囲に中型艦が10隻、航行速度18ノット」「やはり大型フェリーだな、速度が遅い」ソナー員の報告に艦長は深くうなずいた。先日、舟山軍港に入った大型フェリーは東アジア各地と上海や香港を結ぶ航路で使われている大型フェリーで新造船は含まれていなかった。したがって最高速度は20ノット前後のはずだ。
「目標4隻のエンジン音の探知・識別完了。音響データーを魚雷に入力します」「よろしい」艦長に報告しながらソナー員と砲雷員が手分けして18式魚雷の発射準備の最終段階を実施した。その後ろで砲雷長が腕組みをして確認していた。
「発射後、直ちに退避する。急速潜行、最大戦速、準備」「急速潜行、最大戦速、準備」「入力完了」「前部発射区画の乗員退避」「退避完了」「発射5秒前、4、3、2、1、今」矢継ぎ早な命令と報告に復唱を交えながら潜水艦・どんりゅうの戦闘任務が遂行された。
  1. 2023/03/19(日) 15:02:46|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<続・振り向けばイエスタディ433 | ホーム | 続・振り向けばイエスタディ431>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/8303-0e4952e8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)