「トップ(稚内のコールサイン=仮称)とエクストラ(番外地・網走=仮称)、コック(根室=仮称)に地対地ミサイルが着弾。損害、確認中」海上自衛隊の潜水艦・どんりゅうが東シナ海で中国の舟山軍港を出航した輸送艦隊を撃沈する直前、三沢の北部航空警戒管制団でも北海道のレーダー・サイトに対するロシア軍の地対地ミサイルによる攻撃を探知していた。
「移警(移動警戒隊)を陸の演習場に移動させておいて正解でしたね」「陸としては演習場に陣地を構築しているから見つかって標的にされれば迷惑だろうがな」階上の北部航空方面隊指揮所でスクリーンの映像を見ている司令官と幕僚長は安堵の表情を浮かべて話し合った。ロシア軍が参戦して冒頭に稚内と根室のレーダー・サイトが樺太と国後島から発射された地対地ミサイルによって破壊されたため千歳基地の第1移動警戒隊を稚内、入間基地の第2移動警戒隊を根室に展開させた。本来は三沢基地の早期警戒機・Eー2Dに担当させるべきだが尖閣諸島空域は海抜が低い沖縄諸島の地上レーダーでは探知能力が不十分なので主力はこちらに派遣している。移動警戒隊も平時には地上レーダーの修理中の代替え用として各航空方面隊に1個隊しか保有していないので(常駐している高知県の土佐清水や沖縄県の与那国島は別)破壊されれば後がない。そのため秘かに移動警戒隊を陸上自衛隊の演習場内に移動させたのだ。
「エクストラはレドーム(レーダーのドーム)全壊、復旧時期未定。ただし、弾道を探知した時点で退避したので人的被害はありませんでした」「そうか、無駄死にする必要はない。それで良い」階下の防空指令所からの報告を受けて司令官はユックリ深くうなずいた。航空自衛隊では昭和44年2月8日に小松基地のFー104J栄光が金沢市内に墜落してパイロットは無事に脱出したが巻き込まれた市民4人が犠牲になり、昭和46年7月30日の雫石上空で訓練飛行中の松島基地のFー86F旭光が全日空のボーイング727に追突された事故でもパイロットが生き残って乗員と乗客162名が死亡したことで国民の糾弾を受け、操縦不能になった機体からの緊急脱出を「臆病」と否定して殊更に死を恐れぬ蛮勇を誇示するところがある。それが警戒管制員にも波及していて対馬の海栗島に始まり、稚内と根室でもレーダーでミサイルを探知しても退避することなく位置を報告しながら爆死した。
「こうなるとロシアが上陸してくるな。CAP(戦術空中哨戒)中のフォックス(2空団のコールサイン=仮称)を根室空域に指向して輸送ヘリを迎撃させろ」「ラージャ、知床の陸に通知します」「そうだな。友軍相撃は拙い」北部航空方面隊司令部の防衛部長が指示を与えると運用幕僚が補足した。陸上自衛隊の第1高射特科群は根室半島に展開していた航空自衛隊の第6高射群が日本人工作員に全滅させられると恵庭駐屯地の1個中隊を知床半島に派遣した。しかし、改良ホークの射程距離では国後島は限界に近く、前回の輸送ヘリコプターによる攻撃でもロシア軍の早々の諦めに救われた面があった。今回はその戦訓を踏まえて輸送ヘリコプターで地上部隊を空輸する前に攻撃機によって高射特科部隊を攻撃するはずだ。それを阻止するには襟裳岬を基点にして空中哨戒しているFー15を指向するのが常道だ。
「自衛艦隊からオホーツク海の艦隊は八戸のPー3Cで対処すると言ってきました」「三沢のタンゴとヘッド(3空団のコールサイン=仮称)は日本海のロシア軍の主力に使えと言うことだな。タンゴ、ヘッド、対艦攻撃スタンバイ。フォックスを4機、海自をエスコート(護衛)させろ」続いて自衛艦隊司令部から直通連絡が入った。海上自衛隊が誇るPー1対潜哨戒機はアメリカ海軍が三沢基地にPー8ポセイドンを配備しているため厚木基地と鹿屋基地を優先していて那覇航空基地も受領したばかりだ。自衛艦隊にとって最大の脅威はウラジオストックから出撃してくるロシアの主力艦隊で、これには護衛戦闘機も随伴するはずなので先ず航空自衛隊のFー35を小松基地に展開させた穴埋めに百里基地と築城基地から三沢基地に里帰りしているF-2が先制攻撃を加え、続いて厚木基地のPー1が在庫を処分する戦術のようだ。
「それにしても海自も艦艇と航空機の2本柱だから予算配分が大変だよな」「ウチのPAC3とは予算規模が桁違いです」八戸基地の対潜哨戒機が旧式のPー3Cなのに気づいて北部航空方面隊司令部の幕僚たちは同情したように語り合った。冷戦構造崩壊後に中国はロシアから不要になったソビエト連邦軍の兵器を買い叩いて大量に購入して北朝鮮にも分け与えたが、悪夢の政権交代直前だった日本では韓国や台湾が中国の軍事的脅威の増大に対応して国防費を増額しているのを無視してマスコミが断定する「冷戦終結による軍縮が世界的気運」と言う虚偽報道に世論が誘導されてそれでなくても必要最小限だった自衛隊を大幅に縮小してしまった。それに対して石田政権は2022年のロシアのウクライナ侵攻で国民に危機意識が芽生えたのを好機として防衛予算の大幅増額を打ち出したが、本来は最優先するべき武器の定数増と弾薬や部品、燃料の備蓄量の増大ではなく隊舎の増設による個室化や給与・手当の増額による処遇改善=魅力化に浪費して真の意味での防衛力の強化にはならなかった。
- 2023/03/21(火) 14:36:30|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0