「航空のFー2が全滅したようだな」「ロシアの戦闘機の空対空ミサイルの一斉射撃に殺られたそうです」航空自衛隊北部航空方面隊から知床半島に展開している改良ホークの第4高射特科群に国後島からのヘリコプターの地上部隊の空輸の迎撃とオホーツク海を南下するロシア艦隊の地対艦ミサイルによる阻止を要請された陸上自衛隊北部方面隊指揮所は上富良野駐屯地から北海道の北東の遠軽演習場に展開している第1特科団第3地対艦ミサイル連隊に88式地対艦ミサイルの発射命令を発令した。その時、第3地対艦ミサイル連隊も捜索・標定レーダー装置=JTPSーP15で独自に事態を把握して発射準備に着手していた。
「射程距離までどのくらいかかる」「最大で200キロですから大型フェリーの20ノットでは小一時間かかります」連隊長から発射統制を命じられた3科長が連隊指揮所でもある指揮統制装置=JTSQーW4で画像を注視している運用訓練幹部に声を掛けた。この88式地対艦ミサイルの200キロと言う射程距離は稚内から樺太の43キロ、知床から国後島の48・7キロをはるかに超えているためマスコミと野党から「攻撃用兵器だ」と批判された。それにしても沖縄や奄美のような群島や根室の北方領土ように離島があれば距離を具体化するのは容易だが、外海が広がるオホーツク海では地図上で示す以外に説明のしようがない。おまけに目標の航行速度の20ノットは時速37・04キロ、地図上の領海の12海里は22・224キロ、EEZ(排他的経済水域)の200海里は370・4キロと海上や航空と違ってメートル法しか馴染みがない陸上自衛隊には理解し難い。
「航空は救難隊が捜索を開始するようです。ロシア軍に制空権を奪われているのに命知らずなことです」「生き残ったパイロットを見殺しにはできないんだ。ロシア軍に救助されれば捕虜になってしまう。だから救う方も命を賭けて敵地に乗り込むんだ」捜索・標定レーダー装置=JTPSーP15からの連絡を受けて3科長と運用訓練幹部は複雑な感情を交えた口調で会話した。第3航空団のタンゴの編隊が撃墜された海域は千歳基地に続いて三沢基地の迎撃機の半数を失った現在ではロシア軍の制空権下にある。航空救難隊のパイロットは高々度での空中戦を専らにする戦闘機パイロットとは異なり、機体が海面の波飛沫を受け、山の稜線に沿って超低高度で飛ぶ超人的な飛行技量の持ち主だ。救難員=メディックは苛酷な陸上自衛隊の空挺とレンジャー、海上自衛隊の潜水を修了している精鋭中の精鋭だが、警察・消防・海上保安庁・山岳救助隊のような人命救助だけではなく、戦場に降下したパイロットを救助するため敵と交戦しながらの捜索・救命処置、搬送、離脱などの戦闘救難訓練も実施している。本当に命知らずなのだ。一方、陸戦法や海戦法では軍による負傷者収容処置は会戦終了後と規定されているが、救助活動中の軍用機を意図的に攻撃することは厳格に禁止されている。しかし、空戦には人道主義の制限を加える国際法そのものがない。今回は戦闘中の救助活動なのでロシア軍が救難機を撃墜しても戦争犯罪に問われることはないが、日本とロシアは公式に交戦状態を宣言していないので平時の国際法令で処罰することは可能だ。
「発射位置が探知されると戦闘機に空襲される恐れがある。時間があるならINS(慣性航法装置)のプログラミングは念入りにしろよ」「はい、一度、地上を大きく迂回して海上に出るようにプログラムさせました」88式地対艦ミサイルは航空自衛隊がFー1に搭載していた80式空対艦ミサイル=ASMー1を改良したミサイルで、地上では事前にプログラミングした経路を飛行し、海上に出ると本体のレーダーで探知しながら目標に向かい、最終段階では目標艦艇の迎撃を避けるために急上昇して高速度・急角度で落下する。したがってプログラミングの仕方次第では超低高度を谷に沿って飛行して敵のレーダー波を回避することも可能だ。
「よし、射程距離に入った。射撃開始」「第1中隊、初弾を発射せよ」「続いて5秒後に第2中隊、2弾目を発射せよ」「同じく5秒後に第3中隊、3段目を発射せよ」「その5秒後に第4中隊、4段目を発射せよ」「初弾発射5秒前、4、3、2、1、撃て」運用訓練幹部は3科長の指示を受けて各中隊に発射命令を伝達した。すると指揮所の外でシューと言うガスが噴出する音が聞こえ、続いてボーンと言う爆発音が空気を震わせ、それをそのまま引き摺るのように飛び去る音が聞えてきてそれが4回続いた。ただし、88式地対艦ミサイルの飛翔速度は時速1150キロなのでマッハには届かず音速突破の衝撃波は聞えない。
「第1弾、目標艦をレーダーが捕捉・・・何だ」「第2弾も同じく・・・ゲッ」「どうして・・・」順調に地上を迂回して海上に出た4発のミサイルはレーダーを始動して目標の大型フェリーを捕捉したはずだったが、各中隊の射撃統制装置は驚くべき事態を報告してきた。
「一緒にいる漁船が同じ周波数のレーダー波を放射してミサイルを誤誘導しています」「馬鹿な・・・何でこちらの周波数を知っているんだ」3科長と運用訓練幹部は凍りついて絶句した。
- 2023/03/24(金) 16:15:49|
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