「シュート(発射)したらエスケープ(回避)させろ」「ラージャ」中部航空方面隊指揮所はFー15とFー35に空対空ミサイル・AAM―9Xを一斉発射させると回避行動を指令した。航空自衛隊がこの戦闘に投入している戦闘機は続いて対艦攻撃を実施するFー2を加えれば現有戦力10個飛行隊の半数になる(タンゴは全滅した)。航空自衛隊はFー35をFー4EJの後継機にしたため在日アメリカ空軍の三沢基地に2個飛行隊を移駐させて機種転換したが、三沢基地のタンゴは築城基地、ヘッドは百里基地に移動させただけで保有するFー15の数合わせで対処するしかなかった。このため2個飛行隊の飛行群を持つことが必須条件だったはずの戦闘航空団のうち1個飛行隊の第83航空隊が第9航空団になったのと同様に百里基地の第7航空団と新田原基地の第5航空団も1個飛行隊になっている。本来であればアメリカ空軍が高価なFー15を買い揃えることができず不足する防空戦力を補完するためにFー16を導入したようにFー4EJの退役分をFー2で飛行隊を編制するべきなのだが、Fー2は開発費を相殺する必要からライセンス生産のFー15並みの高価格になっている。さらに内局の官僚が財務省の担当者に打診すると「開発予算を計上した時の使用目的と違う」と難色を示したため戦力の先細りを受け容れるしかなかったのだ。2023年から大幅に増額された防衛費で弱小化した戦力を回復して弾薬の備蓄で継戦能力を拡充させなければならなかったのだが、20数年かけて病的に痩せ細った戦力が簡単に回復するはずがなく、無理に太ればダイエットに対するリバウンドと言うものだ。
「ロシア機はエスケープしました」「強烈なフレア(熱源)を放射するミッソール(ミサイル)を発射しています」「電磁波でFー15は探知不能になっています」「ウチのミッソールが追いつきません」中部航空方面隊指揮所の指令を受けた防空指令所と戦闘機のパイロットから意外な報告が返ってきた。通常の空中戦では敵味方の相互が射程距離に入った時点で空対空ミサイルを射ち合い、生き残った者同士で機関砲によるドッグファイト=格闘戦を始める。それが発射することなく退避したのは航空自衛隊の空対空ミサイル・AAM―9Xの射程距離がロシア軍のRー73を上回っていることを理解した上でエンジンの熱を感知する誘導装置を幻惑させる対抗策を選択したに外ならない。おまけにレーダーに目潰しまで加えてきた。
「まるで準備万端整えていたみたいだな」「2017年にシリアでスホーイ22に向かって発射した9Xがフレアで回避されていますからロシアも対策に自信を持っているんでしょう」防衛部長の嘆きに兵器管制幹部の運用幕僚が答えた。ロシアの軍事産業は中国が自力で兵器を開発するよりもソビエト連邦時代にアメリカに対抗して基礎研究と技術開発を蓄積してきたロシアに投資する方が安価で確実であることを理解して以来、溢れるほどの資金を注ぎ込まれて驚異的な発達を遂げてきた。北朝鮮が発射を繰り返している弾道ミサイルも中国が入手したロシア製の実用試験と言う見方が西側の軍事関係者の間では常識になっている。
「こうなると今度はこちらがRー73に備えながらの戦いになるな」「おまけにロシア海軍の艦対空ミサイルは中国とは比べ物になりません」「取り敢えずFー2の護衛として突入させるしかないな」防衛部長は険しい顔で航空方面隊司令官を見たが無表情に見返していた。中部航空方面隊司令官はパイロットや兵器管制幹部、高射幹部などの運用職種出身ではないためかえって戦闘を傍観者的な視点で冷静に客観視できる面がある。
「自衛艦隊司令部から電話が入っています」「こちらは陸上総隊司令部からです」その時、コンソールの呼び出し音が同時に鳴り、パイロットと兵器管制幹部の運用幕僚がスイッチを押して出た。相手を聞いて航空方面隊司令官と幕僚長、防衛部長は2人の声を神経を集中させた。
「陸自は富士特科教導隊の12式SSMを新潟県内に配置している。射程距離に入った時点で攻撃可能だ。有り難うございます」「日本海に展開している海自のイージス護衛艦は弾道ミサイルに備えているが通常型の護衛艦の艦対空ミサイルなら射程は短いが発射できる。有り難うございます」どうやらどちらも援軍の申し出らしい。陸上自衛隊としては昨日、北海道でオホーツク海を南下してくるロシアの大型フェリーに発射した88式地対艦誘導弾が随伴している小型船の偽装レーダー波の妨害を受けて全弾が外れ、網走港に接岸して地上部隊を上陸させた失態を犯している。一方、海上自衛隊は那覇空港の滑走路の閉鎖によって潜水艦・どんりゅうが中国の大型フェリー4隻を撃沈したが表沙汰にはできず、今回の厚木基地のPー1と八戸基地のPー3Cによる攻撃は是が非でも戦果を挙げなければならないのだ。
「よし、Fー2に攻撃命令を出せ」「ラージャ」中部航空方面隊司令官の命令に防衛部長がパイロットの口調で答えた。真珠湾奇襲作戦であれば「・・―・・=モールス信号のト」を繰り返すト連符が打電されるところだ。タンゴの飛行隊長に「トラトラトラ」と言わせたかった。
- 2023/03/29(水) 16:10:01|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0