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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ444

「無人の街を占領して意味があるのですか」「この港を確保しておけば専用の揚陸艦でなくても物資を陸揚げできるんだ。今朝、軍主力がウラジオストックを出撃した。間もなく日本の海空軍を全滅させて新潟に上陸する。そうなれば人数不足の陸軍は増援に向かわなければならなくなる。そこで一挙に北海道を占領するんだ」無人の網走市役所に本部を置いたロシア軍の上陸部隊は食料や弾薬が一向に届かないことに苛立ちを募らせていた。樺太の司令部には陸上自衛隊のAHー1攻撃ヘリコプターが出現して妨害レーダー波を発出していた偽装漁船が壊滅され、間もなく物資を積載していた3隻目と4隻目の大型フェリーが88式地対艦誘導弾によって撃沈されたことは報告している。その後もAHー1は市内の要所に配置していた戦車を攻撃して歩兵部隊に機銃掃射を浴びせてきた。
「司令部は食糧も届けるつもりがないようですね」「輸送機が全て撃墜されているからな。漁船を使っての運搬も日本の漁船はオホーツク海で操業していないから一網打尽だ」「兵士は空腹に耐えかねて店舗に残っている食料品を奪っているようです。そこを日本軍に狙われて甚大な損害が出ています」市長室のソファーに腰を下ろした指揮官と幕僚の議論も重苦しくなるばかりだ。2人も昨日の夕食に上陸させた車両に載せてあった携帯食を食べただけで、兵士たちのように探し回って略奪することもできず本当に空腹だった。そこに本部要員の若い女性の下士官が報告に来たが2人の不機嫌そうな顔を見て一瞬言葉に詰まった。
「空軍のレーダーサイトの占領に向かっていた中隊が指向式散弾地雷で車両を破壊された上に激しい銃撃を受けて大損害を出しています」航空自衛隊の網走分屯基地・第28警戒隊は市街地から北西6キロの海岸沿いの標高260メートルの山の上にある。上陸に先立って地対空ミサイルを撃ち込んでレーダーを破壊したので仕事がなくなった隊員は撤収したと考えて無血占領するつもりで1個中隊を派遣していた。その中隊には日本語の通訳を同行させて残っている携帯食=缶詰や医薬品、中でも風邪薬、撃沈された大型フェリーから泳いで上陸した兵士を着替えさせるために自衛隊の戦闘服を送るように命じてあった。食料や医薬品だけでなく着替えも届かないので風邪が流行り始めている。
「何故だ。空軍のレーダーサイトはドビナ(ロシアの地対地ミサイル)で破壊したんだろう」「あれは3日前なので逃げ遅れたんじゃあないですか。準備不足ですから取り敢えず撤退しましょう」下士官の説明に指揮官は重苦しさで圧縮していた怒りを爆発させた。この事態を予測していた下士官は敢えて茶化した幕僚の返事に救われたように表情を緩めるとロシア軍式に回れ左(左に回転する)をして退出していった。
「我が軍でも飛行機やレーダーを扱っている連中は技術屋気取りのひ弱な奴が多いですが日本の空軍は違うんですかね」「私もそのつもりでいたんだが・・・」やはり森田敬作定年2佐の警備改革の成果は海外にまでは広まっていないようだ。森田定年2佐としては航空自衛隊の基地の警備力が強化されていることが広まればゲリラに対する抑止力になるので宣伝に励んでいたが周囲からは売名行為と揶揄されただけでなく、司令部で広報を担当する監理部は航空自衛隊をソフトなイメージで売っているのでむしろ強面な警備は隠蔽していたのだ。
「監獄は無事に占領しました」数分後、同じ下士官が報告に来た。網走刑務所は元受刑者の伊藤一の小説「網走番外地」と高倉健主演の同名映画で観光名所になっているが、あれは別の場所に古い建物を移設した博物館だ。実際の刑務所は網走市の市街地の西側を流れる網走川のほとりにある。北海道知事の避難要請を受けて法務省は受刑者だけでなく所内で飼育しているブランド牛・網走監獄和牛も道南の刑務所と牧場に移送していて食料は入手できなかった。
「これでは兵士たちの不満が鬱積するばかりですね。日本へ行けばウクライナと同じように高級家電製品は奪い放題、食料は喰い放題、酒は飲み放題、女は犯し放題と言ってありましたから反動が恐ろしいです」「実際にサハリンにはソビエト連邦軍が実際にやった現場があるから兵士たちも信じているんだろう」今回の会話は下士官は女性として耳を塞ぎたくなったが、そこは職務として冷静を装って補足説明を始めた。
「それで刑務所には囚人服が残っているが着替えに使わないかと問い合わせています」「囚人服を兵士にか・・・」案の定、指揮官の顔は曇ってしまった。ロシアの囚人服はヨーロッパでは一般的な白黒に近い濃淡の灰色の横縞だが、日本では獄衣とも呼ばれる受刑者服は建物内での普段着の舎房衣は灰色の霜降りの上下、作業用の工場衣は脱走の機会があるので目立つ黄緑色の帽子と上下、パジャマは灰色と黒の縦縞の上下だ。
「名誉あるロシア連邦軍の兵士に囚人服を着せるのは・・・」「しかし、着替えは必要です」下士官は「どうせ捕虜になれば着ることになる」と喉まで出ていたが飲み込んだ。
  1. 2023/03/31(金) 14:24:53|
  2. 夜の連続小説9
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