「祖父さんの気持ちが理解できるな」航空自衛隊が日本海上空でFー15の2個飛行隊とFー35の2個飛行隊に小松基地の飛行教導隊のFー15DJを加えたありったけの戦力でロシア軍を迎え討っている時、春日基地の西部航空方面隊指揮所ではスクリーンに投影されている航跡を見ながら司令官が独り言を呟いていた。西部航空方面隊司令官は北部航空方面隊司令官と防衛大学校と部内の違いはあるが森田敬作定年2佐と幹部候補生の同期で、曾祖父は真珠湾空襲やミッドウェイ海戦、サイパン島守備隊の司令長官だった。そのため幹部候補生学校でミッドウェイ作戦の敗因が課題研究になった時、同期たちは「指揮官が無能だった」と書きたかったところを遠慮したため教官が「今年は違う切り口の意見が多くて良かった」と評していた。しかし、映画やドラマ、漫画に小説でも司令官の曾祖父は日露戦争の乃木愚将と同様に無能な指揮官として描かれている。その失策として真珠湾空襲の時、燃料タンクが破壊できなかったなどの戦果不十分と言う報告を受けながら航空戦力の温存を優先して第2次攻撃を実施しなかったこととミッドウェイ海戦において島の航空基地を空襲することを決定して艦上爆撃機に陸用爆弾を搭載させて発進準備に入っている時に索敵機がアメリカ艦隊を発見して艦船用爆弾に武装転換させている最中に空襲を受けて艦隊を全滅させたこと。そして死に際も絶対防衛圏と位置づけられていたマリアナ諸島の拠点だったサイパン島の守備隊を指揮しながら総攻撃を命じてあっけなく全滅させて日本本土への空襲を可能にしたことが挙げられている。しかし、当時の日本は最新鋭爆撃機の情報は入手しておらず全滅する半月前の6月16日に中国内陸部の基地を発進したBー29に福岡県の八幡鉄工所が空襲されて初めてその驚異的な航続距離を知ったのだ。
「空自が先制攻撃しました。全機がAAMを発射しました」階下の防空指令所から説明が入った。昨日、千歳基地の滑走路が民間機の爆発で使用不能になり、オホーツク海を南下してくるロシア軍の地上部隊を乗せた大型フェリーを攻撃する海上自衛隊のPー3Cを護衛するために空対艦ミサイルを搭載していたFー2を向かわせたが、ロシア軍の戦闘機の空対空ミサイルの一斉発射によってほぼ全滅してしまった。これは見方によってはミッドウェイ海戦の戦訓の検証ではないか。そして今回はその轍を踏まないために先制攻撃を決断したようだ。
「ロシア軍機が回避行動を取ります。フレアを放出するミサイルを発射しました」中部航空方面隊の防空指令所が流している戦闘状況を防空指令所が説明した。航空自衛隊も2017年のシリア内戦でアメリカ軍の赤外線誘導のAAMー9Xサイドワインダーがスホーイ27のフレアで回避されたと言う情報を入手していたが、独自に同様の機材を製作して状況を検証する予算は認められず、アメリカ空軍の研究に任せ切っていた。
「ロシア軍が編隊を組み直します。空自も回避行動に移りました」「ここで航空戦力を喪失すれば日本は制空権を奪われたまま敵の本州への上陸を受けて地上戦に移行することになる。司令官としては真珠湾の第2次攻撃を要求する第2艦隊司令官の山口多聞中将や帰還した搭乗員たちと戦艦などの主力艦を全滅させた戦果で十分だとする草鹿龍之介参謀長の間で悩む曾祖父になった気分だった。仮に山口司令官の意見を採用して第2次攻撃を実施していればハルゼー中将の空母艦隊が南方海域での発着艦訓練を終えて帰港していたのでこれも撃滅できたと言う曾祖父を揶揄する意見と陸軍航空隊は温存されていたので迎撃を受けて大損害を出してミッドウェイ海戦で多くの熟練パイロットを失った劣勢が早まったと擁護する意見がある。航空作戦は山口中将が主張した通り戦力の集中発揮と反復攻撃が原則だが、それは航空戦力の大量生産が可能だった時代の定理であり、極めて高度な精密機械化した現在は使うべき戦機の見極めも重要な判断要素だ。
「ギャオス(第8航空団のコールサイン=仮称)とプラム(第5航空団のコールサイン=仮称)に後ろから襲わせようか。向こうが主力との対決に熱中していれば背後には意識が回らないはずだ」「ロシア軍にもレーダーサイトはあります。それに韓国軍がレーダーサイトの探知情報を中国とロシアに流していると言う噂も真偽不明のままです」司令官の思いがけない提案に幕僚長が真顔で反論した。築城基地のギャオスのFー2は韓国軍の隙を突いた奇襲攻撃に備え、新田原基地のプラムのFー15は南西航空方面隊には那覇基地の第9航空団しかないため派遣要請を受け次第、東シナ海の防空に参戦することになっている。司令官としては機数の劣勢を挽回するだけでなく奇襲の効果でロシア軍の組織戦闘を混乱させてこの緒戦の勝利を獲得するつもりらしい。自身も戦闘機パイロットの司令官は地上待機のまま味方の敗北を傍観させるよりも場内乱入して一戦を交えるべきだと考えたのだ。それで大損害を受けても曾祖父のような「弱腰」と言う恥辱を受けることはない。
- 2023/04/04(火) 12:54:13|
- 夜の連続小説9
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