「集合は完了しているな。迅速に搭乗してもらえば30分で離脱できるだろう」ロシア軍のツボレフ22バックファイヤ爆撃機がシベリアから発射した超高速度空対地ミサイルKn―47M2キンジャールでレーダーと警戒通信アンテナを破壊された佐渡分屯基地にはこの事態を予測して昨日のうちに新潟分屯基地=空港に集結していた5機のCHー47輸送ヘリコプターが隊員の撤収に向かっていた。防衛回線の通常電話も広範囲に飛散した破片で庁舎地区のアンテナが破損して不通になり、通信衛星の破壊で携帯電話も使用できなくなったが、新潟救難隊がUー125捜索機を飛ばして通信筒を投下していた。そのため隊員たちはヘリポートになっている基地のグランドに集合していてそのまま5機に分乗できるように5列縦隊に整列していた。担架も10台ある。やはりマッハ10の超高速度で飛来したため探知と同時に退避しても負傷者が出たようだ。パイロットたちは戦死者の遺骸でないことを願った。
「ロシア軍の攻撃機が大日原演習場を空襲し始めた。こちらに向かう可能性が高い。迎撃するから早く退避しろ」グランドには2機しか着陸できないため搭乗には3回の離着陸が必要だった。上空で待っていた編隊長機に護衛の飛行教導隊=アグレッサーのFー15から緊急連絡が入った。新潟分屯基地を発進する時、横田基地の航空総隊指揮所運用隊から「日本海側は探知不能になっている」と聞いていたが、その隙を突かれたとすればロシア軍の侵略者としての熟練度は中国軍の比ではない。函館空港に亡命してきたミグ25も男鹿半島や奥尻島のレーダーサイトが探知できない超低高度で接近し、千歳基地から発進する緊急発進機のFー4EJでは追尾できない位置で上昇して最高速度に移行した。あの時点でソビエト連邦軍は日本の防空体制を研究し抜いていて弱点を熟知していたのだ。それに対して何の役にも立たない高高度用の地対空ミサイル・ナイキJを津軽海峡の両岸の車力と八雲に配置した航空自衛隊の愚かさを嘲笑していたはずだ。それはロシア軍も継承している。
「新潟へは帰れないな」「入間、百里・・・関東の航空基地も危険です」「山形空港に向かうか。あそこなら神町駐屯地に近い」「山形なら酒田市にヘリポートが3つありますが・・・」アグレッサーの督促を受けて編隊長を兼ねている1番機の機長とコパイ=副操縦士が話し合った。距離的には両者に大差はないが山形空港は海抜1500メートル以上の朝日連峰を超えるのに対して酒田市は海上を直線で飛行できる。その一方で酒田市のヘリポートは緊急用なので庄内平野の空き地に過ぎず交通機関も接続していない。山脈越えで高度を上げる危険を勘案しても山形空港の方が正解のようだ。
「5番機が離陸しました。出発しましょう」「うん、コブラ(飛行教導隊のコールサイン=仮称)、ウィ・ゴー・トゥ・キャンプ・ジンマチ」機長は知らない間に機長は行き先を山形空港とは山形新幹線を挟んで1キロの距離にある陸上自衛隊神町駐屯地に変更していた。神町駐屯地には第6師団司令部があるが現在は留守番部隊しか残っていないはずだ。
「海面ギリギリまで高度を下げろ。救難パイロットの本領発揮だ」「ラージャ、機体に海水浴させまっせ」編隊長の指示に後続機も即答した。航空救難隊は遭難者の捜索と救助のために飛行するので海面の波飛沫が機体の下面を洗い、山の木々の枝が擦るほど高度を下げる操縦技量を必要とする。飛行教導隊は戦闘機パイロットとしては航空自衛隊最強と謳われているが救難パイロットは次元が違うのだ。ところが陸上自衛隊の輸送機パイロットの操縦技量は航空自衛隊の上を行っていると言われている。
「ロシアは大日原の空襲に熱中して我々に気づいていないようだな」「それしか命じられていないんでしょう」日本海を北上すると上空で護衛している飛行教導隊のパイロットが戦況を伝えてきた。大日原演習場がある阿賀野市は新潟市から20キロほど内陸に入った位置にある。アメリカ軍は陸海空軍海兵隊を問わずROE(交戦規定)以外は現場指揮官の裁量に任されている部分が大きいがロシア軍や中国軍は細部まで上級司令部・指揮官の命令を仰ぎ、その枠内でしか行動しないようだ。大日原演習場の地対艦ミサイル部隊の空襲を命じられれば佐渡分屯基地の人員の退避に当たっているヘリコプターと護衛の戦闘機に気づいても攻撃してこない限り放置しておくどころか報告もしないのだろう。
「大日原には陸の地対艦ミサイル部隊が展開しているそうだ。今からでも阻止しに行きたい」「敵機は飛び去りました。空襲は終わったようです」航空自衛隊のパイロットたちは知らされていないが大日原演習場には富士特科教導隊が展開していて88式地対艦誘導弾で来襲するロシア艦を迎撃する作戦だった。それを見殺しにしてしまった。
「粟島です。ライト・ターン(右旋回)します」日本海上を低空飛行していくと縦長で平地がない小島が見えてきた。これが海上の新潟県の県境の粟島だ。ここから内陸に入る。
- 2023/04/08(土) 14:28:31|
- 夜の連続小説9
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