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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ455

「ニトク、ニトク、こちらカンソク、カンソク、感明(かんめい=感度明度)送れ・・・ニトク、ニトク、こちらカンソク、カンソク、感明送れ」観測員の2尉はロシア軍が発射した4発の艦対艦ミサイルと同じ回数の爆発音を確認すると大隊指揮所・FDCに無線で連絡した。山林の中に構築した陣地は立木の幹も掩体の役割を果たして上陸前の多連装ミサイルや艦砲射撃にも耐えたが、目標を特定せずに砲弾をばら撒いただけの射撃と砲口からの火焔で位置を確認して誘導装置に入力したミサイルでは命中精度と損害は比べ物にならないはずだ。
「感なし、終わり」「大隊は殺られましたか」観測員は数回の呼び出しにも回答がないので交信を打ち切った。すると運転席の陸曹が後部座席を振り返って声をかけてきた。しかし、これだけで大隊が全滅したと考えるのは早計だ。大隊本部は施設小隊が土木機械で掘った穴にコルゲート・メタルと呼ばれる金属製の部屋を埋設している。むしろ地上に露出した状態で設置している通信アンテナが破壊された可能性が高い。
「まだ判らん」「取り敢えず戻ってみましょう。少なくとも砲撃を再開することが無理なのは確かです」「ウチの陣地は幅2キロに構築しているからミサイル1発の威力が直径250メートルに及ばなければ全滅しないはずだ」説明しながら観測員は昨年に入校した富士学校で見た88式誘導弾と155ミリ榴弾砲の砲弾を頭の中で比べてみた。155ミリ榴弾砲の砲弾の直径は言うまでもないが88式誘導弾は380ミリだったはずだ。そうなると単純計算でも155ミリ砲弾の倍以上の炸薬が入っていても不思議はない。1発で軍用艦を撃沈するほどの威力なのだから当然と言えば当然だ。
「どっちにしろ通信が遮断されていては観測の用は果たせません。戻って確かめませんか」「アンテナがやられただけなら復旧に時間はかからん。生き残った砲が射撃を再開する時に観測点がなければ盲射ちになるだろう」どうやら陸曹は上陸地点に近い位置に留まることを不安に思っているらしい。確かに着弾地点を観測して無線で連絡するため断崖上の自動車道に駐車しているので艦艇の大型望遠鏡やヘリコプターや無人機で発見されれば砲撃1発で終わりだ。
「戦車が動き始めました」その時、運転先の陸曹が前方を指差して怒声のように報告した。観測員が座席の間から確認すると小型車両から下りて双眼鏡で確認した。海水浴場の砂浜に乗り上げた揚陸艦から上陸して左右に分かれて駐車していた戦車が順番に道路に向かって動き始めて砲撃を受けて破損した戦車はそのまま残置している。気がつけば砲弾が命中した2隻の揚陸艦は早くも鎮火していた。この様子では内部甲板に積載している戦車や貨物、上陸部隊に損害を与えることはできなかったようだ。
「旅団司令部に報告しなければならんな」「新潟には富士の機甲教導連隊が出ばってるんでしょう。奴らの出番ですよ」観測員は小型車両に戻ると無線機の受話器を取った。観測員は一瞬、無線電波の発進位置を特定されることを危惧したが、陸曹は先ほど以上に高揚感を交えて応えた。富士の機甲教導連隊は北海道以外では唯一の戦車部隊になるが、富士火力展示では神技のような操縦技量と命中率を披露していて隊員たちにとっても誇りであり、絶大な信頼を寄せているのだ。それにしても機甲教導連隊は10式戦車の1中隊、90式戦車の2と3中隊、74式戦車と16式機動戦闘車の4中隊、16式機動戦闘車の戦闘中隊と装備がバラバラだ。10式戦車と90式戦車は120ミリ戦車砲、74式戦車と16式機動戦闘車は105ミリ戦車砲で砲弾は共通しているが車体の部品の互換性には欠ける。特に4中隊は無限軌道=キャタピラの74式戦車と装輪式の16式機動戦闘車を一緒に運用することには無理があるのではないか。機甲教導連隊が新潟県内の上陸予想地点にどのように戦車を配置しているのかは不明だが、両数から言えば横一線に砲列を並べて射ち合う戦車の基本戦術は無理なので進撃経路に潜んで通過するのを狙い撃ちにする自走戦車砲として使用されるのだろう。
「12旅団司令部、12旅団司令部、こちら東部方面特科連隊2大隊観測員、安川2尉、東特連2大観測員、安川2尉、大隊本部連絡不能に付き直接報告します」「こちら12Bヘッドクウォーター(第12旅団司令部)。安川2尉、君の氏名と認識番号を申告せよ」「はい、安川練磨、G1699432であります」・・・「確認できた。用件は何だ」「約25分前、東特連2大隊は柏崎の海岸に着岸したロシア軍揚陸艦に10回斉射を加えましたが、約10分前にロシア艦からミサイル4発が発射されて連絡不能になりました。そして現在、揚陸した戦車約60両が柏崎市内に向かって移動を開始しています。車種はTー80と思われます」「そうか・・・了解した。敵に発見される前に退避しろ」陸曹時代にレンジャー課程を修了している観測員としては「退避しろ」と言う指示に違和感を覚えたが、戦車を相手に89式小銃では何もできないことは明らかだ。やはり陸曹が言う通り陣地に戻って状況を確認するべきかも知れない。
  1. 2023/04/11(火) 15:04:58|
  2. 夜の連続小説9
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