ロシア軍の新潟侵攻によって第2次日露戦争が始まった。前回は大帝国・ロシアに弱小新興国・日本が無謀にも挑む形だったが、今回のロシアはクリミア侵攻で軍備の大半を消耗していて軍事大国の面影はなく、対する日本は敗戦後、経済大国になったはずが敗戦の後遺症で必要最小限の防衛力しか保有できず、おまけにマスコミが扇動するソビエト連邦崩壊に伴う軍縮ブームのため必要最小限の防衛力をも削減する羽目になっていた。そんな第1次日露戦争以上の戦力格差を生じている日本は新潟の主戦場と東シナ海での本来の主役との交戦と同時進行で北海道でも3正面作戦を遂行しなければならなくなっていた。
「今のロシア軍は戦争中の日本軍みたいだな」「食糧不足が深刻ですよ」ロシア軍が網走に上陸して1週間、占領された網走の市街地を包囲している陸上自衛隊第28普通科連隊の隊員は妙に同情し始めていた。航空自衛隊は旅客機の爆発によって閉鎖された千歳基地を僅か1時間で復旧すると北海道周辺空域の制空権を奪還した。そして制空権が確保されると即座に陸上自衛隊の第1対戦車ヘリコプター隊のAHー1が網走市内の要所に配置されていた戦車を攻撃し、第2航空団は補給物資を搭載したロシア軍の輸送機や輸送ヘリコプターを寄せつけなかった。翌日からの日本海での全面空中戦で航空自衛隊が戦力の半分を喪失すると第2航空団の担当空域はオホーツク海とは逆の日本海方面にも拡大したが、樺太からの物資を積んだ漁船は高台にある航空自衛隊の網走分屯基地の警備部隊が機銃掃射し、輸送機は陸上自衛隊の改良ホーク、輸送ヘリコプターは包囲部隊が携帯SAMで撃墜している。さらに包囲部隊が市内に潜入してスーパーマーケットやコンビエンスストアで食料を探すロシア兵を銃撃しているので食料を全く口にしていないはずだ。
「確かにあの歩哨も立っている体力や気力がないみたいだ」「大体、あれは囚人服じゃないですか。刑務所で見つけたんですね」ロシア軍が占領地域と設定している市街地の端の道路に配置されている歩哨は立っていることができないようで交差点の中央分離帯に腰を下ろして背中を丸めてうなだれている。座る前に防弾ヘルメットを脱ぎ、重そうに持ってきた小銃は脇に置いて放置した。その歩哨の服装はロシア軍の迷彩服ではなく日本の刑務所の獄衣=受刑者服でも工場衣と呼ばれる派手な作業服だ。工場作業中は脱獄する機会が多いため工場衣は殊更に目立つ黄緑色だが屋内用の地味な鼠色の舎房衣よりも厚手で動き易いなので採用したらしい。このことでもロシア軍がすでに身心ともに戦闘力を喪失しているのは明らかだ。
「太平洋の離島に配置された日本軍の守備隊は輸送船をアメリカ軍の潜水艦に撃沈されてアメリカ軍が上陸する前に飢餓で戦闘不能になっていたそうですが、それを思い出しますね」「お前、若い癖に戦争に詳しいな」平成生まれの陸士長が意外な知識を披露すると昭和生まれの陸曹は呆れたように感心した。この30歳を過ぎたばかりの陸曹の親は敗戦後のベビーブームで粗製乱造された連中の第2世代なので子供はまともに昭和史を学ぶことがなく平成初期のバブルの狂乱景気の中で育った。したがって自衛隊に入るまで戦史の知識は持たなかった。その点、平成生まれでネット世代の陸士長は興味を持てば気軽に探究できるので学校で習わなくても軍事オタクの高校生だったのかも知れない。
「あの兵隊も銃撃しますか」「あの状態なら弾を無駄遣いしなくても銃剣で刺殺できるだろう。ロシア軍以上に自衛隊は弾不足になってるんだ」陸曹の説明に陸士長は険しい顔でうなずいた。実際、上富良野駐屯地から遠軽演習場に展開していた第3地対艦ミサイル連隊はロシア軍の戦闘機に空襲されて88式地対艦誘導弾の大半が破壊されたため残った予備弾で大型フェリー4隻を撃沈した後は使える機材と人員は美唄演習場に展開している第2地対艦ミサイル連隊に移管される。それでも生き残っただけ新潟の大日原演習場で壊滅させられた富士特科教導隊よりは幸いだ。それは稚内に展開している航空自衛隊の第3高射群も同様で、アメリカ連邦議会の親中派議員がPAC2と3のライセンス生産契約を理由に緊急供与に反対したため残弾を射ち尽くした時点で千歳基地に撤退することになった。
それだけでなく網走市を包囲している第28普通科連隊でも小銃や機関銃の弾薬は駐屯地の弾薬庫から搬出して配分した以上の追加がないことが連隊4科から各中隊から伝達された。ロシア軍は樺太から大型フェリーで網走に上陸させた以外に北方領土の国後島からも漁船や輸送ヘリコプターで地上部隊が根室に上陸させた。その上、新潟にも続々と侵攻しているため陸上総隊としても武器弾薬の配分に苦慮している。弾薬の製造メーカーは十分に材料を確保していなかったため大量の緊急調達に応じられず、おまけに弾薬を運ぶ民間の運送会社からは従業員の高額な危険手当を要求されているらしい。戦争法では軍事物資の製造・運搬・保管に関わる文民は保護の権利を喪失するので当然と言えば極めて当然な要求ではある。
- 2023/04/14(金) 20:28:24|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0