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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月15日・レーガンが怒った!リビア空爆

1986年の明日4月15日にヨーロッパで続発したテロをリビアの指導者・アンマル・アル=カッザーフィー大佐が指揮していると断定したドナルド・レーガン政権が制裁と言うよりも懲罰としてリビアを空爆しました。
レーガン政権はソビエト連邦がアフガニスタンでの苦戦によって財政が逼迫し、崩壊が迫っていると判断すると1982年にレバノン内戦に直接介入し、1983年10月25日にグレナダに侵攻するなど「世界の保安官(レーガン大統領の場合)」として行動するようになり、これに対してイスラム過激派は1985年10月7日にイタリアの旅客船をエジプトのアレクサンドラからポートサイドに航行中に乗っ取ってシリアのタルトゥースに向かったものの入港・入国を拒否されて乗客のユダヤ系アメリカ人を銃撃の上、海に突き落として殺害した事件を起こしたため翌1986年1月にアメリカがリビアに経済制裁を加え、3月には空母戦闘群をリビアのシドラ湾に派遣して3月24日にミサイル艇とレーダーサイトを破壊しました。すると4月5日に西ベルリンのディスコが爆破されて犠牲者の中にアメリカ人が含まれていた事件が発生したためレーガン政権がアル=カッザーフィー大佐の殺害を目的とするエルラドラ・キャニオン作戦の実施を決めたのです。
ところがアメリカがNATOの主要国に参戦・協力を求めるとレーガン政権の他国への武力行使に批判的な当事国ではないフランスやスペインがイギリス軍の爆撃機の領空通過までも拒否しました。このためイギリス軍の爆撃隊は空中給油しながら大西洋を2000キロ以上も迂回してジブラルタル海峡から地中海に入り、アメリカの空母戦闘群の3隻の空母から発艦した艦載機とイタリアなどから発進したアメリカ空軍のFー111戦闘爆撃機と共同でトリポリのアル=カッザーフィー大佐の居宅や空軍基地、ベンガジ湾のレーダーサイトなどの防空施設にレーザー誘導式を含む爆弾300発を投下し、ミサイル46発を発射しました。この結果、リビア側はアル=カッザーフィー大佐の1歳3カ月の養女を含む文民16名が死亡した(養女はアル=カッザーフィー政権崩壊後、生存が確認された)と発表して盛大な追悼式典を挙行し、アメリカ側はFー111が3機撃墜されて、シドラ湾上空での1機のパイロット2名が行方不明になったと発表しています。
これに対して殺害を逃れたアル=カッザーフィー大佐は報復を開始して対岸のイタリアにあるアメリカ沿岸警備隊の基地に弾道ミサイル・スカッドを射ち込みましたが命中せず、1988年12月21日に西ドイツのフランクフルト空港発、ロンドンのヒースロー空港経由でアメリカのデトロイトに向かっていたパン・アメリカン航空のボーイング747がスコットランド上空の高度9400メートルで前部貨物室が爆発して空中分解して墜落、乗客243名、乗員16名と事故に巻き込まれた地域住民11名の計281名が死亡する事件を起こしました。するとリビア空爆直後にはレーガン政権のガンマン気取りの一方的な懲罰的軍事行動を危険視していた国際世論が急速に変質して「世界の警察官」としての行動を期待するようになり、それは軍産複合体に扇動された2代目ブッシュ政権による十字軍の再現=第3次世界大戦まで続きました。
  1. 2023/04/14(金) 20:29:36|
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