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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ459

「網走市内で捕虜を1名拘束しました」結局、陸曹と陸士長は市街地の外れに配置されていた歩哨を捕獲することになってしまった。弾薬の節約のために銃剣で刺殺することを決めた陸曹が背後に回り込み、陸士長が囮として前に姿を現すと歩哨は満面の笑顔になって立ち上がり、「スダヴァサヤ(降伏します)」と言って両手を上げたのだ。
「お前は着剣して背後から突きつけろ。抵抗したら迷わず刺殺しろ」「コイツは大丈夫でしょう。飯が喰うまでは素直に従いますよ」「油断大敵だ」陸曹は道路上にロシア兵を腹這いにさせて身体検査を終えると取り上げた携帯無線機、銃剣、実弾を詰めた弾倉を持ち、陸士長に指示を与えた。すると同世代の陸士長は妙に親しみを持ったような口調で答えた。確かにこのロシア兵には殺気以前に敵意すら感じない。
陸曹は覚束ない足取りで歩くロシア兵を小隊本部になっている郊外のドライブインに連行した。ロシア兵は食堂の建物が見えてくると目を輝かせたが、歩調を早める体力が残っていないようで前のめりなりながら前に進んだ。背後で銃剣を突きつけている陸士長は同情したような顔をしている。これでは何かあっても刺殺できそうもない。
「この服装は刑務所の囚人服だろう」「最近、ロシア兵はこの服に着替えています。刑務所に残っていたのを見つけたんでしょう」電力が届いていないので開け放しにしている自動ドアの中で小隊長が出迎えた。小隊長も報告としてはロシア兵の服装について聞いているが実際に見るのは初めてなので困惑している。ところが当のロシア兵はテーブルとイスが整然と並んでいる店内を目を輝かせながら見回している。そう言えば入口にあるガラス・ケースの中のサンプル食品の前で立ち止まって見入ったため横から手で押されていた。
「キャン・ユー・スピーク・ジャパニーズ・・・イングリッシュ」「イーダ(食べ物を)」「キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ」「イーダ」小隊長はロシア兵を店内の窓から隠れた壁際の席に座らせると尋問を始めた。周囲には古参陸曹たちが腕組みをしながら聞き入っている。その人垣の外で連行してきた陸曹と陸士長が小銃を控え銃にして警戒していた。演習での捕虜は補佐官なので日本語の台本通りに質問するが流石に外国人なので英語にしたようだ。しかし、ロシア兵は「イーダ」と言う返事を繰り返し、次第に苛立った表情になってきた。
「イーダって何だ」「イエスのことじゃあないですか」「だったら英語で大丈夫なんだな」航空自衛隊ではロシア軍機に通・警告する警戒管制職種の隊員であればロシア語の「イエス・ノ―」が「ダー・ニェット」であることなら知っているが、陸上自衛隊では幹部でも日米協同訓練用に初級英会話の勉強をしているくらいだ。
「アイ・アム・ジャパン・アーミー、ファースト・プラトゥーン・リーダー、ルテナン・ナカムラ(私は日本陸軍の第1小隊長の中村2尉だ)」小隊長も初級英会話の域を出ないので自己紹介から始めてしまった。本来は捕虜の尋問で説明・回答する義務がある項目は戦争法で規定されているので余計なことを言うべきではない。
「イーダ、イーダ」「どうやらイエスではないようですね。どちらかと言えばイーダッて悪態をついているみたいだ」ロシア兵の目つきが引きつってきたのを見て小隊長と古参陸曹たちは困ったように話し合い始めた。実際、困っているが中隊本部どころか連隊本部にもロシア語が理解できる者はいないはずだ。
「食べ物をよこせって言ってるんじゃあないですか。イートだって」「なるほど・・・」「歩いてくるのに足がふらついていました」「そうか」そこに連行してきた陸曹と陸士長が助言した。2人もロシア語ができる訳ではないが観察した様子で推理したのだ。
「携帯食を1人分持って来い」小隊長は壁際に並べた椅子に座っている待機要員に声をかけた。すると陸士長が「はい、○○士長」と返事をして立ち上がり、積み上げている段ボール箱の中からOD色(オリーブ・ドラブ=暗緑色)塗装の大中小の缶詰と缶の日本茶、先割れスプーンを持ってきた。大中小は飯類、おかず、漬物のセットだ。網走市内では水道も使えないのでロシア軍は清潔な水も飲めていないはずだ。水筒も空っぽだった。
「スパシーバ(ありがとう)」陸士長がテーブルに缶詰を並べて先割れスプーンを置くとロシア兵は歓声のように礼を言った。鼻をすすったところを見ると涙ぐんだのかも知れない。そんな姿に優しい気持ちが胸に湧いてきた小隊長が頬笑みを隠しながら仕草で缶の開け方を説明するともう一度、「スパシーバ」と繰り返して缶を開け、スプーンで鶏飯を頬張った。
「ヴクシー(美味しい)」「オーチン・ハラショー(とても素晴らしい)」ロシア兵は感嘆の声を上げながら食べ続けた。自衛隊の野戦用携帯食は多国籍PKOの指揮所で開催された試食会で圧倒的支持を受けた世界で最も美味しい野戦食なので当然だが微笑まし過ぎる。
  1. 2023/04/15(土) 14:45:08|
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