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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ462

「事情聴取するにもロシア語はなァ・・・」江団別俘虜収容者から「網走で投降してきた8名の捕虜を戦争法違反の戦争犯罪者として引き渡す」と連絡を受けた第119地区警務隊では隊長の増田2佐以下が困り果てていた。第119地区警務隊は東京の警務隊本部や札幌の北部方面隊総監部と北海道警などとの連絡を維持するため駐屯地に残っているが、旭川市は市長以下が揃って道南に避難しているのでロシア語の通訳を探そうにも誰もいないのだ。
「帯広はどうしてるのかな」「あっちは戦闘中ですから捕虜も多いでしょう」隊長の独り言に陸曹が返事をした。警務官は事情聴取する時、被疑者の緊張をほぐすため雑談を常用するが、その会話の中に事件につながるヒントがないか細心の注意を払っているから単なる独り言も聞き逃さない。現在、第121地区警務隊も同様の理由で平時には第5旅団司令部が所在する帯広駐屯地に残っているが根室方面は北方領土から空路と陸路で本格的に地上部隊が上陸して各地で戦闘が発生している。航空自衛隊第2航空団の戦闘機が日本海側に割かれるようになってからは国後島から飛来するヘリコプターの迎撃に孤軍奮闘していた第1高射特科群の303と304高射中隊も改良ホークを全弾射ち尽くしてしまった。それを見抜いたロシア軍は温存していたミル26大型輸送ヘリコプターで1回90名の歩兵をピストン輸送して普通科連隊と交戦した。それでも高射中隊は退却はせずに倶知安駐屯地から展開してきた北部方面隊舟艇対戦車隊が物資を運ぶ船舶に96式多目的誘導弾を発射するのを支援したがこちらも射ち尽くしてしまい今では93式短SAMの第5高射特科隊や各即応機動連隊=普通科連隊、第5後方支援隊などに編入されている。その点、第2師団は樺太の輸送ヘリコプターは緒戦の奇襲で大半を撃墜した上、地上部隊を乗せて来た大型フェリーも第3地対艦ミサイル連隊が刺し違えて撃沈した。現在は取り残された上陸部隊を兵糧攻めにしている。
「稚内署やオホーツク海側の警察署にはロシア語ができる警察官がいたはずだが・・・」「道警が撤収を命じましたから手遅れです。それにしても空き家の警備に駐在所くらいは維持しないと駄目でしょう」警務幹部の2尉の愚痴には別の陸曹が答えた。警察官で言えば巡査部長に相当する古参陸曹に指摘されるまでもなく北海道警も福島第1原子力発電所の放射能漏れで自治体単位で避難した地域の留守宅が窃盗被害に遭っていることを踏まえて無人になる市街地や公共施設の警備のために必要数の警察官を残そうと考えていたのだが、大量の避難民の不満の鬱積による犯罪の増加を危惧する札幌や函館の方面本部が警察組織の同行を強く要請したため治安出動している自衛隊に後事を託して移動した。
「と言っても札幌に避難した民間人の通訳を旭川に派遣してくれと要請するのは無理があります」「待てよ・・・航空の稚内のレーダー基地には小象の檻があったよな」「確かに、航空の高射群の陣地を破壊しに潜入した工作員をウチの予備自(予備自衛官)が射殺した時の現場検証の後、基地に寄って見ました・・・それが何か」2尉の愚痴の続きに隊長が反応して陸曹が受けた。実はこの陸曹が現場検証した第3高射群の展開地に侵入しようとした工作員を射殺したのは森田予備3曹で、今回の捕虜8人をハーグ陸戦規則第1条と捕虜に関するジュネーブ条約第4条が定める交戦員の条件に違反すると警務隊に申し立てた張本人だ。
「あの施設ではロシア軍の無線の交信を傍受しているんだ。1983年9月1日の大韓航空機撃墜事件の時、ソ連軍の地上司令部とパイロットの会話を日本政府が公表しただろう。あれはあそこで探知したんだ」「と言うことはロシア語がペラペラな隊員が北海道にいますね」陸曹の返事に隊長は満面の笑みを噛み殺したような不可思議な顔でうなずいた。問題は稚内分屯基地は第3高射群が迎撃サイル・PAC3を射ち尽くした後、弾道ミサイルを何発も射ち込まれて破壊されていることだ。当然、小象の檻も機能停止していて情報収集に当たっていた隊員が残っている可能性は低い。それでも千歳基地に残っていれば呼び出すことができる。少なくとも文民の通訳よりも問題はないはずだ。
「僕は聴取が専門で話すのは苦手ですよ。発音にも自信がありません」翌日、千歳基地に撤収していた小象の檻の住人=交信傍受要員の若い空曹2人が航空自衛隊の物資輸送のトラックに乗せられて旭川駐屯地にやってきた。やはり頭脳労働者らしく色白で体形も小太りで神経質そうな目をしている。この様子では最前線から今は安全な千歳まで後退できて安堵していたところを呼び戻されて腹を立てているのかも知れない。
「それにしてもトラックの荷台に半日座っているのは疲れました」「それは悪かった。警務のパトカーで送るべきだったな」どうやら不満なのは輸送機で運ばれてきた物資を宛て先まで届けるトラックに同乗させられたことらしい。やはり交信傍受要員はロシア軍に限らず周辺国の軍隊の本性を体感しているので国防の危機意識は一般の隊員の比ではないのだ。
  1. 2023/04/18(火) 15:34:53|
  2. 夜の連続小説9
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