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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月25日・フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が一夜で完成した。

1792年の明日4月25日に「革命政府がオーストリアに宣戦布告した」と言う知らせを受けたストラスブール市長の要請を受けて革命軍のルジェ・ド・リール工兵大尉が「ライン方面軍のための軍歌」を翌26日の朝までに完成させ、26日に自ら唄って披露すると感激した市長は譜面を印刷して各方面に配り、後にマルセイユの義勇軍がこの歌を唄いながらパリに入城したことから革命歌「ラ・マルセイエーズ」になり、1796年7月14日に国民公会=革命政府の中央機関・立法府が国歌として採用しました。
そのため歌詞を日本語に訳すと「征こう祖国の子よ 栄光の日だ。我らに向かって暴君の 血塗れの旗が掲げられ 血塗れの旗が掲げられ(繰り返し) 聞こえるか戦場の 残忍な敵兵の咆哮が 奴らは汝らの元へ来て 汝らの子と妻の喉を掻き切る」と言うもので同様に独立戦争の時、捕虜交換の交渉のために乗り込んだイギリス艦に「ボルティモアのマクヘンリー要塞を砲撃している間は下艦させない」と拘束され、夜通し鳴り響く砲声を聞きながら迎えた朝に窓から見た要塞の城壁に翻っている星条旗を謳った1931年3月3日以降のアメリカ国歌「星条旗」(それまではイギリス国家「ゴッド・セーブ・キング」の曲に別の歌詞をつけた「マイ・カントリー・ティズ・オブ・ディー」だった)や共産党中国の抗日戦争中に元は映画「風雲児女」の主題歌だった国民党軍第5軍第200師団の部隊歌を義勇軍が借用していた国歌「義勇軍行進曲」よりもはるかに血生臭く、この歌を誇らしげに唄うフランス人の神経を疑ってしまいます(大山巌元帥が陸軍の儀式用に好きな謡曲を採用しただけの「君が代」を国歌にしている日本人も似たようなものですが)。
ところがこの歌詞の「暴君=tyrannie」が世襲制の君主を指すためナポレオン・ボナパルトさんが1804年5月に皇帝に即位すると国歌をもう少し穏当な革命歌「門出の歌・自由への賛歌」に変更し(この歌にも「暴君は棺の中へ」と言う言葉が出てきますが「ラ・マルセイエーズ」ほど刺激的ではありません)、ナポレオン皇帝が失脚して処刑されたルイ16世の弟がルイ18世として国王に即位してからも1830年の7月革命で退位するまでは演奏・歌唱が禁止され、さらに1852年にナポレオン皇帝の甥が共和制の大統領からナポレオン3世として皇帝に即位するとまたもや禁止され、それは1870年の普仏戦争に敗北してプロシア軍の捕虜になって廃位されるまで続きました。
ただし、廃位後に3度目の正直で成立した共和制の政権も「ラ・マルセイエーズ」の詩的に醜悪で余りにも過激な歌詞を敬遠して国歌として復活させることを躊躇していましたが、他に国家行事で演奏・歌唱するのに適当な歌が見当たらないため1879年に正式に復活させ、以降は第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる占領が終わった4度目の共和制と1958年のアルジェリア紛争を利用してシャルル・ド・ゴール将軍が政権を打倒した5度目の共和制でも維持されて現在のフランス憲法の第1章・主権、第2条には「国語はフランス語である」「国旗は青白赤により構成される3色旗である(オランダも縦の同色ですが)」「国歌はラ・マルセイエーズである」「標語は自由・平等・博愛である」「原理は人民による人民のための政治である」と明記されています。
  1. 2023/04/24(月) 15:30:03|
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