主戦場になった日本海で航空自衛隊は苦戦していた。先ず経ヶ岬、輪島、佐渡島のレーダー・サイトを失ったことで日本海側の監視がAWACSによる空中哨戒のみになって情報量が限定されている。次に小松基地が空対地ミサイルによって管制誘導装置を破壊されたため同時多数の緊急発進の離陸と帰還の着陸に対応できず戦闘機用基地としての機能を再開できていない。一方、百里のFー35と浜松のFー15は意外な問題に直面していた。それは空中戦によって発生した火器管制装置などの電子装置の不具合を航空自衛隊が整備できないことだった。航空自衛隊がアメリカ製の戦闘機などを導入する時、日本の航空機メーカーがライセンス生産するための契約を結ぶが、最高度の軍事秘密である電子装置についてはアメリカ製の輸入品で、ブラック・ボックスと呼ばれる実際に黒く塗装した容器を開封して内部を見ることも拒否している。そのため航空自衛隊はテスト・セット=検査機材で不具合を確認しても交換しかできないのだが、基地で保管する予備の在庫も内局の官僚が交した契約では脆弱な防護態勢を理由に認めておらず、戦時の特例処置は盛り込まれていない。その癖、アメリカは日本がFー2の火器管制装置を開発した経験を発展させて独自にFー15の電子機材の更新を計画するとアメリカ空軍よりも性能が劣る機材を使わせることで確保している優位性が失われるため政治的圧力を加えて阻止した。おまけに在日アメリカ空軍の三沢と嘉手納基地に配備している戦闘機はFー22なのでFー35専用の電子装置の在庫は持たないようだ。
「ロシアン・フォーメーション・アプローチ・オーバー・ジャパン・シー(日本海上にロシア軍の編隊が接近します)」「百里、ホット・スクランブル」「百里、インポッシブル・アラート(緊急発進不能)」「コレクション(訂正)、浜松、ホット・スクランブル」「ラージャ」入間基地の中部防空指令所はAWACSが捕捉した日本海を西進するロシア軍の編隊に緊急発進を発令したが、アメリカ国防総省は通常の秘密保全態勢にある百里基地へのFー35の火器管制装置の搬入に難色を示したため整備が間に合わず対処できなかった。そこで浜松基地から発進可能なFー15を全機発進させた。その浜松基地は大都市に所在するため昼夜間を問わずに発進する戦闘機の爆音に反政府系の市民団体が抗議運動を繰り返すようになっている。
「センチュリー(中部防空指令所のコールサイン=仮称)、ディスイズ・ゴールデン(第6航空団のコールサイン=仮称)、ロシアンの情報はないのか」「現時点では10機の周囲を20機が取り囲む形の編隊と言うことだけだ。爆撃機を護衛する戦闘機だと思われる」パイロットの確認に指令官は申し訳なさそうに答えた。通常は安定飛行に入った時点で指令官の方から目標機に関する情報を伝達するのだが経ヶ岬と佐渡島のガメラ・レーダー=J/FPSー5や輪島のJ/FPSー3Aに比べてAWACSのレーダーでは情報不足なため北部航空方面隊の男鹿分屯基地や西部航空方面隊の高雄山分屯基地の探知情報を確認していたのだ。
「ラージャ、爆撃機の護衛戦闘機を撃墜するなんて戦時中の陸軍航空隊みたいだな」「おッ、意外に勉強家だな」パイロットが戦史の知識を披露すると指令官が冷やかすように感心した。敗戦後の日本では日米開戦に反対した海軍は正、日独伊三国同盟を強行した陸軍は悪と言う偏見から昭和19年7月にサイパン島が陥落した後に始まった日本本土の都市空襲に対処したのも海軍航空隊だと思われてきた。それを参議院出馬に利用した源田実航空幕僚長が松山の紫電改部隊の活躍を過大に宣伝したため航空自衛隊のパイロットでも誤解している者が少なくない。しかし、実際に超高高度を飛ぶBー29を迎撃したのは全国に配置されていた陸軍航空隊であり、昭和20年3月に硫黄島が陥落してから随伴するようになった護衛のPー51ムスタングに対処したのも同様だった。そもそも戦争後半には旧式化していた零式艦上戦闘に執着して無理な改造を繰り返した海軍よりも各メーカーに開発を競わせた陸軍の戦闘機の方が高性能で完成度が高かった。パイロットの技量も両者が参加した航空自衛隊の評価では脱出して生還する陸軍の方が熟練者が残っていて海の藻屑と消えた海軍を凌駕していたらしい。
「ロシアンのファイターが展開したぞ。ドッグファイト開始だ」「ファイター(戦闘機)が護衛しているゲスト(お客さん)が何かを確認してくれ」「ラージャ、余裕があればな」指令官の依頼にパイロットは軽口で答え、空中戦に突入していった。
「タリホー・ゲスト(目標を視認した)。ゲストはルスラーンだ。グラマラスな美女だぜ」機数的には同等な航空自衛隊とロシア軍が空対空ミサイルの射ち合いからの空中戦を開始するとゲストである航空機は分散して回避行動を取った。それを目視したパイロットは機種がアントノフ124ルスラーンであることを報告してきた。アントノフ124はアメリカのCー5Aギャラクシーに対抗するために開発した姉妹機のアントノフ225が破壊された現在は世界最大の輸送機だ。それが10機揃って飛来した目的は地上部隊の急速な増強以外にない。
- 2023/04/26(水) 15:06:55|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0