「ロシア軍の主力はゲリラ戦に熟練しているな」「全くつけ入る隙がありません」「マルヒト(01式携帯式対戦車ミサイル)は何時届くんだ」新潟で占領地域を拡大しているロシア軍の地上部隊にゲリラ攻撃を加えている陸上自衛隊は上がらぬ戦果と増え続ける損害に苦慮していた。第30普通科連隊は空襲や艦対地ミサイルによる攻撃で跡かたもなく破壊された新発田駐屯地は諦め、市街地に残っている鉄筋クリート製の建物を陣地にしているが(地下はない)、占領された地域に隊員を潜入させて一撃離脱の攻撃を加えても常に装甲車で行動しているため小銃では戦果はなく、現場指揮官の各中隊長が顔を合わせても出てくる台詞は「追加の携帯式ミサイルが届く時期」の話題だけだった。01式携帯式対戦車ミサイルは赤外線誘導装置を装備しているため命中精度が高く、誘導することなく射ち放しにできる特性があるが1基あたり2600万円と高価になり、普通科の対戦車小隊の縮小に伴って小銃小隊にも配備することになって調達数は1000基を越えても各駐屯地での備蓄は進まなかった。
「アメリカがベトナム戦争で相手をしたのは農民兵だったがロシア、ソ連はアフガニスタンの騎馬遊牧民だ。おまけに持っている武器はアメリカ製の優れ物だった。徹底的に苦しめられて敗北しても獲得した戦訓が絶大だったのは間違いない。完全に装甲化した地上部隊はその象徴だ」「本当に感心するほど徹底してますよ」樺太と北方領土から侵攻したロシア軍は所詮は守備隊に過ぎず、迎え討つのが陸上自衛隊の大半の戦車と自走火砲、最新式の各種ミサイルを集中的に配備している北部方面隊なので現時点では優勢を維持している。一方、新潟地区にはシベリアから極東軍管区の主力部隊が上陸してきたが、対処する第12旅団はマスコミの目につく東部方面隊であり、自民党が政権を失う直前に「世界的潮流」と扇動していた軍縮を実行していることを証明するために他の方面隊以上に戦力を削減されてしまった。北海道以上に広大な平原に戦車を横一線に並べて進撃してくるロシア軍に十分な対戦車兵器もなく小銃で立ち向かうのは日露戦争でヨーロッパの土木技術を傾注して建設した旅順要塞を銃剣突撃で攻略しようとした乃木第3軍やノモンハンの平原に蛸壷壕を掘って歩兵の小銃と銃剣、火焔瓶でソ連軍の戦車を迎え討った関東軍の再現になる。
「ウクライナではアメリカとNATOが携帯式対戦車ミサイルを潤沢に供与したんだよな」「確かジャベリンだったぞ」FGMー148ジャベリンは01式対戦車ミサイルの原型と言われるアメリカの陸軍と海兵隊が装備している赤外線誘導方式の対戦車ミサイルで、ウクライナ軍にも惜しみなく供与されて空挺作戦の失敗を受けて機甲部隊による侵攻を企図したロシア軍の戦車を次々に撃破した。是非とも同盟国の日本にも供与してもらいたいものだが石田内閣が防衛出動を発動せずに治安出動と海上における警備行動で対処している以上、現在の武力紛争は内政問題であり、「日米安全保障条約の対象にならない」と言うのがアメリカ議会の見解だ。その背景にはウクライナ侵攻における軍事支援に巨額の国家予算を遣ったことから「これ以上の予算支出は避けたい」と言う現実的な思惑もある。ところがロシアは中国の仲介で原油を売り捌いて戦費を穴埋めし、ウクライナ侵攻によってフル稼働している軍事産業が作る兵器を極東に回せば軍隊としての体裁は苦もなく整う。
「ところで柏崎の原発はどうなった」「あそこに上陸した部隊が新潟に来たんだから占領さらたのは判っているだろう。12特(第12特科隊)が砲撃を加えたが艦対艦ミサイルを射ち込まれて陣地の半分は破壊されてしまった。ウチの連隊の3個中隊が鯖石川で侵攻を阻止しようとしたんだが、はるか手前で砲撃を始めて原子炉建屋を破壊すると放射線量が急上昇したんだ」「やはり核燃料は空ではなかったと言うことだな」「それでも健康被害が出るような数値ではなかったぞ」どうやらこの中隊長も柏崎市方面に派遣されたらしく体験談的に判り易く説明した。石田政権ではロシア軍がウクライナ侵攻でも原子炉を攻撃して国際社会から批判を浴びている以上、同じ暴挙を犯したことを発表するべきだと主張する立野官房長官や双木外務大臣とマスコミが北朝鮮の弾道ミサイルによる若狭湾の原発銀座の破壊の時に過剰に不安を煽り立てた世論誘導が首都圏で繰り返されることを危惧する石田首相が真っ向から対立して自衛隊には柏崎市地区での戦闘を禁止して事実を隠蔽している。
「上越市の方はどうだ」「あっちは高田の2普連の担当だからこっちまで情報が伝わってこないよ。5施群(第5施設群)は関山演習場に続いてあちらこちらに陣地を作ったり、橋や道路脇の崖に爆薬を仕掛けたりと大忙しらしいがな」「交通築城って奴だな。前川原の同期に聞いたことがある」施設科部隊には地雷の敷設と排除や渡河などで普通科部隊を直接支援する戦闘施設と本格的な土木機材を用いて大規模な陣地を構築し、必要な箇所に橋を架け、道路を啓開する後方施設がある。船岡の茶山元3佐が所属していたのは後方施設だった。
- 2023/04/28(金) 15:43:28|
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