「よし、これでロシア軍の占領を阻止できる」深夜に魚沼市内の鉄筋コンクリート製の建物を宿営地にしている富士普通科教導連隊に01式携帯式対戦車ミサイルの弾体を届けると受けつけた陸曹長は珍しく満面の笑顔になった。富士普通科教導連隊は特科や機甲科の教導隊と同じく富士学校に入校する幹部学生に陸上自衛隊の普通科部隊としての教範通りの運用を展示することを任務にしているため最新で最高の装備品を保有している。当然、化学兵器や放射能に汚染された地域で活動する戦闘防護衣も全員に供与されていているため陸上自衛隊はロシア軍の砲撃によって刈羽原原子力発電所が損傷を受けて放射線量が上昇している柏崎市地域での任務に投入したのだ。つまり最後の切り札を切ったことになる。
「ウチも山岳戦闘では引けを取るつもりはありませんが装備品では全く敵いませんわ」ドライバーの陸曹は若い隊員に受け取った01式携帯式対戦車ミサイルを確認させている陸曹長の迷彩服の胸に縫い付けてある古びたレンジャー記章を見て皮肉を投げ掛けた。富士学校はレンジャー教官を養成する幹部レンジャー課程も実施しているが日本アルプスを訓練場にしている第13普通科連隊の「クレージー13」としては断崖絶壁のザイル登攀や岩場での行動などの技量では勝っても劣ることはないと自負している。それでも装備品に関しては北部方面隊への優先配備に続いて西部方面隊も重視するようになったため最新の武器は日本列島の両端に送られて東部方面隊は最終組の中部方面隊の前に東北方面隊と分け合って=奪い合っている。おまけに東部方面隊管内でも首都圏防衛の任務を標榜する第1師団が優先されるためどうしても骨董品店化せざるを得ない。おまけに第12師団は空中機動師団を自称しながら東部方面航空隊と第12ヘリコプター隊が保有するCH―47輸送ヘリコプターの機数では宇都宮駐屯地の東部方面特科隊の火砲などを日本海側へ空輸するには限界があった。
「うん、平地での戦闘は俺たちに任せて後を頼むよ。アンタたちのところにロ助(ロシア軍)が現れるのは俺たちが全滅した後だろうからな」「それじゃあ俺たちの出番はありませんね」陸曹長の返事に込めた覚悟を聞いてドライバーの陸曹は本当に出番がなく有志の勇士たちから配送を引き継ぐ運送業者で終わることを願いながら相槌を打った。
「前方、ロシア軍の装甲車」「弾数に限りがあるんだ。殺って効果が大きい目標を探せ」翌日の夜から普通科教導連隊の戦闘が始まった。二日月の漆黒に近い闇の中を柏崎市内に潜入した普通科教導連隊の隊員は無限軌道=キャタビラによって踏み荒らされた水田の中にある公共施設の駐車場に並んでいるロシア軍の大型車両を発見した。
隊員が「マルヒト」と呼ぶ01式携帯式対戦車ミサイルはアメリカ軍のFGMー148ジャペリンが射手と弾薬手の2名1組で使用するのに対して照準装置の改良によって1名で操作できる。ところが昨日届いた11・4キロの予備弾1発を含めて35キロになる荷物を1人で運ぶことになり、結局2人1組で予備弾2発になった。陸上自衛隊としては小型車両で射程距離の2500メートルまで接近して発射することを想定していたようだが、暗夜に暗視眼鏡を装着して無灯火で操縦してもウクライナ軍のゲリラ攻撃に苦しめられて改良を重ねたロシア軍の監視装置を掻い潜るのは至難の技で、数キロは徒歩での移動にせざるを得なかった。
「あった自走砲だ。あれなら損失する意味は大きい。上手くすれば車内に置いてある弾丸が誘爆して周囲の装甲車も破壊できるかも知れない」「そうだな。あれにしよう」2人は小声で話を決めると背中から17・5キロの01式携帯式対戦車ミサイルと予備弾2発を下ろして発射準備を始めた。ここで問題になるのは01式携帯式対戦車ミサイルはエンジンの熱を感知する赤外線誘導方式なので駐車して長時間が経過している戦車・自走砲・装甲車では目視照準になり、命中精度が落ちることだ。それでも普通科教導連隊は富士総合火力演習で1000メートル以上の距離に立てた木製の標的に全弾を命中させているので練度は十分だ。
「1両が爆発すると隣りの奴が狙いにくくなる。3発あるから1両おきに狙え」先任の陸曹が弾体が入った発射筒を設置して戻った射手の陸曹に指示を与えると「自衛隊みたいに揃えて停めてないなァ」とぼやきながら取り外した発射機を操作した。発射筒を離れた位置に設置したのは噴射焔を狙って銃撃を受けることを避けるためでこれも教範通りだ。
「射撃準備よし」「射撃用意、射て」プシュッ。本来は単独で射撃するのだがここでは2人1組になっているので先任者が射撃号令をかけた。すると闇の中で二日月の弱い光をかすかに水面に宿した水田の上を弾体の噴射焔が次第に赤い点になって遠ざかっていった。
ズーン。「命中」「次を準備しろ」ズーン、ズバーン。一発目が命中した自走砲の上部ハッチから炎が噴き上がると2人が次の発射準備を始めている間に大爆発を起こして上部の旋回式砲台が吹き飛んだ。同時に駐車場で発砲焔が点滅したが盲撃ちの乱射だった。
- 2023/04/30(日) 15:26:49|
- 夜の連続小説9
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