「ペンタゴンは日本を見捨てたのか。中国が属国化することを認めたのか」ワシントンでは杉本や岡倉が長いつき合いの国防総省や国務省の官僚たちにアメリカが日本への武器供与に消極的になった真意を質していた。武力衝突が発生した当初は全米各地では毎週のように在アメリカの中国系や半島系の移民による反日デモが開催されていたが、ロシアのウクライナ侵攻を後押しする中国に敵愾心を抱く一般市民の反発を招くだけだった。すると中国は移民社会の組織票と金に糸目をつけない献金によるロビー活動によって民主党内に増殖させてきた親中派議員を使った政治工作に戦略を転換した。
「しかし、PAC3をライセンス生産すると申し入れたのは日本の防衛省の方じゃないか。ライセンス生産するなら戦時の必要量を確保できるように契約するのは軍事常識だろう」実は防衛装備品の緊急供与の問題は在ワシントン日本大使館の大使から国務省、防衛駐在官からも国防総省に公式な要請として伝達されているのだが同様の回答だった。
「日本ではアメリカ合衆国のマックアーサー占領軍が作成してくれた日本国憲法で政府が戦時を考えることが禁じられているのは知っているだろう。日米安保条約に基づく同盟軍であるジエータイがアメリカに武力攻撃が加えられた時、一緒に戦えるようになったのは2015年に加倍政権が安全保障関連法を成立させてからだ」「シンゾー・・・プライム・ミニスター・カベ・・・日本のプレジデント・レーガンのような人物だったな」杉本の解説に国務省の官僚も今は亡き加倍首相を思い出したようで表情を曇らせた。日本では加倍首相が凶弾に倒れるとマスコミと野党、中でも第一党の立権民衆党は死者を鞭打つように一方的な断罪を始めたが、海外では今一つ腰が据わらない石田政権に対する失望もあって評価は高まるばかりだ。日本では加倍首相がロシアのプッチン大統領と親交を結んでいた真意を大局的見地から分析することもせずに「北方領土の返還の嘆願だった」と決めつけて「結局、成果はなかった」と揶揄しているが、実際は孤立を深めるプッチン大統領を西側の政治指導者の一員に引き留めることが目的だった。実際、加倍首相が退陣すると待ちかねたように中国共産党が取って代わり、その後押しを受けてウクライナ侵攻に踏み切った。
「シンゾーは首相を退任した後、かなり本音で発言するようになっただろう。暗殺される直前には中国が台湾に軍事侵攻すれば日本もアメリカと共に介入するべきだと明言した。あれが暗殺の原因だ。幼い頃に母親に連れられて韓国の背信者の教団に通って洗脳を受けた人間に殺害させて問題を擦り替えれば中国に疑いが及ぶことはない」「レーガンみたいにアメリカのボディ・ガードが付いていなかったことが残念だったな」杉本の返事に官僚は真顔でうなずいた。レーガン大統領が1981年3月30日に労働団体での講演の会場で銃撃された時、ボディ・ガードたちは身を盾にして警護し、警護隊長はドアを開けた大統領車の後席に押し倒して覆いかぶさっていた。一方、加倍首相の暗殺の映像はアメリカでも報道されていて銃声に振り返って音源を探している警護の警察官たちの無能ぶりは呆れられていた。
「今は民主党政権だろう。大統領や長官も国民の世論を受けて中国に強硬姿勢を示しているが、知っての通り議会では与党の方が足を引っ張っているんだ。アメリカ国内でもウクライナ侵攻に対する批判世論が湧き起こっているんだから中国が台湾を侵略すれば軍を派遣すると明言することは可能なはずだ。ところが民主党の分裂を懼れてそれはできない。日本に対する軍事支援は中国がロシアと手を組んだ以上、不可能なんだよ。石田政権が防衛出動を発令しないのは格好の口実だな」「石田首相の地元のマスコミは中国共産党の指令を受けて反戦報道を強めているんだ。前回の選挙でも石田首相は現職の首相でありながら得票率が低かった。あそこにはもう一度原爆を落として全滅させてもらいたいくらいだ」「ロシアがそれをやるって言っていただろう」杉本の嘆きに官僚は同情するように皮肉を返した。2023年に石田首相が広島にサミットを誘致した時、広島市長は地元マスコミのインタビューを受けて「オバマ大統領のヒロシマ訪問の次の段階を期待している」と暗にアメリカ大統領による原爆投下に対する謝罪を要求した。石田首相個人は核兵器を人類共通の脅威と確信して核廃絶を提言・決議するつもりだったようだが地元では使用したアメリカとその一味であるイギリス、フランスの核兵器のみが対象でロシアと中国は3度目の使用を阻止する抑止力と認識しているのだ。これでは2度目の原爆で広島市を壊滅させる以前に衆議院選挙で落選させて広島市選出の内閣総理大臣を辞職させてもらった方が平和的解決だ。
「兎に角、日本政府が防衛出動を発令することが大前提だ。自分で動かなければこちらは何もできない」「ごもっとも」杉本はこの官僚も内心では日米安全保障条約が発動されないことに強い苛立ちを抱えていることを確認して腹の中で謝罪した。
- 2023/05/02(火) 15:30:31|
- 夜の連続小説9
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