続・振り向けばイエスタディ４７８

「日本は侵略を受けているのですか」アメリカ軍の記者に続いてハワイのローカル新聞の記者が質問した。ハワイを含めてアメリカでは日本が韓国、中国、ロシアから武力攻撃を受けていることは報道されているが、韓国の現政権が親米に戻ったことを歓迎して批判報道を控え、安全保障理事会での常任理事国の肩書を強調した中国とロシアの説明もＡ日新聞を代表とする日本のマスコミが海外メディアで全面的に支持しているため否定していなかった。
「韓国との国境の離島にあるレーダーサイトが韓国軍が対岸から発射した地対地ミサイルで破壊されました。沖縄の尖閣諸島では海上保安庁の巡視船４隻が中国海警の巡洋艦を転用した警備船に撃沈されました。さらに奄美諸島に向かって中国海軍の輸送艦隊が東シナ海を侵攻してきましたが自衛措置として海上自衛隊の対潜哨戒機が撃沈しました。しかし、漁民に偽装した中国軍兵士が奄美諸島の呂論島を占領して多くの島民を虐殺したため陸上自衛隊が出動して制圧しています。その間にも日本本土では不法に大量に持ち込んだ銃器を使った暴動や犯罪を頻発させています。そしてロシアが参戦して北海道へのミサイル攻撃とヘリコプターによる限定的な侵攻を繰り返していますが現在は本州の新潟に本格的に侵攻して地上戦闘が始まっています。ロシアは新潟県柏崎市の刈羽原原子力発電所に砲撃を加えて放射能漏れを発生させました」佳織としては現在の交戦の発端となった韓国軍による自衛隊に対する攻撃を詳細に説明したかったが、依然として国民の３分の１の支持しか受けていない現政権の足を引っ張ることは得策ではないと判断して控えた。確かに現在の韓国軍では海空陸軍の参謀長が反日反米親中親北朝鮮を公然化させていた前政権の国防部長官を持ち回りしたように階級を問わず軍人の左傾化は顕著だ。しかし、それは韓国の共産化を標榜する左派だけでなく民族統一や太古からの中国皇帝への忠誠心の復活を主張する右派も賛同しているので当然だった。現政権は将官から下士官まで職業軍人の思想傾向を調査して現政権への忠誠と北朝鮮、中国への敵意を明言しなかった者は強制的に予備役に編入した。その不足分は金大中・盧武鉉、前政権によって排斥された常識派の軍人たちを復帰させ、一般大学卒業者の学士士官を大幅に増員して穴埋めした。そして士官学校は校長以下を交代させて以前の米国と日本との同盟を堅持して北朝鮮を敵視する思想教育を復活させたが弱体化しているのは間違いない。
「それなのにどうして日本政府は戦時体制に移行しないのですが。日本国憲法の制約については先ほど説明を受けましたが、マックアーサーが仕掛けた時限爆弾を日本人は何故、修正しないんですか」この質問は痛かった。日本国憲法の改定手続きは憲法９６条で規定されているが衆参両院の３分の２以上の議員の賛成によって発議し、発議を起算日として６０日から１８０日以内に行われる国民投票の過半数以上の得票によって成立する。この規定を日本の保守派はマックアーサーが改定を阻止するために実行不能な基準を押しつけたと揶揄するがアメリカの合衆国憲法５条が規定する改定の基準でも上下両院の３分の２以上の議員の賛成によって発議し、全米５０州の州議会の４分の３の承認を得なければならない。ただし、アメリカは文章を変更するのではなく憲法の末尾に修正した条文を追記し、それは６条あるので６回改定が行われたことになる。こうなると日本人が後生大事に日本国憲法の誤記にさえ手をつけずにきた理由の説明がつかない。佳織は別れた夫が司法試験に合格してからのパジャマ・ミーティングで日本の法律についてのワンポイント・レッスンを受けていたが天皇の国事行為を規定した日本国憲法７条の４項の「国会議員の総選挙の施行を公示すること」の総選挙は定員の半数を改選する参議院には該当しないので誤記だと言われたことがある。その他にも文体と送り仮名も戦前の文語体で戦後の文部省の国語改定に合致しておらず内容以前に修正すべき点は多々あると教えられた。こうなると文化論・精神性から語らなければ説明がつかない。
「日本人にはコトダマ（言霊）と呼ぶ言葉や文章が現実を招き寄せると言う宗教的感性があって憲法に戦争や騒乱、大災害に関する規定を記述するとそれが実際に起きてしまうと恐れるんです。だから憲法には明記しないで解釈改憲と言う形で対処してきた。貴方たちには理解できないでしょうけれど不思議な国なんです」佳織自身これが説明になっていないことは理解している。本当はもう一歩踏み込んで多くの日本人が憲法９条の平和主義を存続させれば言霊の力で平和を守ることができると信じている宗教性を理解させるべきなのだが無駄な努力だ。
「だから私は日本人にとって日本国憲法は古代の天皇が制定した律令と同様に内容は忘れても放置して維持だけはする存在であること踏まえて一字も改定されていない世界最古の成文憲法としてユネスコの世界文化遺産に登録するべきだと思っているんですよ」「つまり法律ではなく文化財にして効力を喪失させると言うことですね」やはりアメリカのマスコミは日本とはレベルが違う。佳織のジョークに近い皮肉で真意を見抜いてきた。