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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ480

「婚姻の代理手続きですね」「はい、お願いします」オランダの父と義母から送られてきた婚姻届を石垣市役所に提出に行った淳之介は受け取りを拒否されてしまった。あかりとの交際が始まって若い頃の父と義母の関係を知って以来、夫婦で再婚を熱望していた淳之介としては納得できず受付の女性職員に喰い下がったが途中で交代した住民課長に難しい法律を説明されて反論し切れなくなった。中年の女性職員も淳之介から父と義母の若い頃の交際と別離から再婚に至るまでの経緯を聞いて感激していたが婚姻届を受理する要件を確認して態度を一転させた。女性職員は「18歳以上、重婚ではない、近親婚ではない、再婚禁止期間を過ぎている」と言う結婚の要件を説明したが、父と義母に欠格事項はないので課長に救援出動を求めた。
課長は六法全書を開きながら先ず日本国憲法第24条の「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」から始まり、民法の第731条から第736条までの婚姻の要件を詳しく説明した。その中でも第735条の「直系姻族間の婚姻の禁止」に該当するらしい。
「確かに貴方の父親と奥さんの母親には血縁はないので遺伝学上の問題はありませんが、貴方と奥さんが夫婦と同時に姉弟になってしまうんですよ」課長は難しい法律用語を解説した後、具体的に補足した。それを聞いて淳之介は異母妹の志織と肉体関係を持ち、純潔を奪ったことを思い出して絶句してしまった。あの時、父はアメリカ海軍のパイロットになった志織の「捕虜になれば凌辱を受ける可能性が高いから」と純潔を幼い頃から敬慕している淳之介に捧げたいと言う希望に許可を与えた。それには義母の梢まで賛同した。おそらく父は国際刑事裁判所の検察官として世界各地の紛争地帯で発生した多くの戦争犯罪を調査しているので苛酷な凌辱が現実として志織の身に起こり得ることを認めたのだ。
「考えてみれば俺たち姉弟になっちまうんだよな」「私は夫婦で姉弟でも良いけどね。貴方との絆が二重巻きになるみたいで嬉しいわ」淳之介が課長に渡された六法全書のコピーを読み上げながら不受理の理由を説明するとあかりは納得できないような顔で相手不明の反論をした。実は淳之介は課長から「父が義祖母と養子縁組すれば夫婦に近い家族関係が成立する」と助言されていた。確かに養子縁組すれば安里家への入婿として父の希望通りに安里ニンジンにはなれるが、2人の婚姻届ではモリヤ姓を選択していた。
「ところでお父さんとお義母さんはオランダ在住と言うことですが職業は何なんですか」説明の熱弁を聞き終えた淳之介が帰ろうとすると課長は珍しく立ち入った個人情報を訊いてきた。どう見ても職務上の質問ではない。
「国際刑事裁判所の検察官です」「検察官って法律家ですよね・・・失礼しました」この課長の返事は皮肉と言うよりも驚愕で「この件で行政訴訟を起こすのではないか」と疑ったような顔になった。一方、父の人間性を熟知している淳之介は「ついウッカリ」と納得していた。
「婚姻届は市役所で受付けてもらえませんでした」その夜、淳之介は義母の梢に電話して婚姻届が不受理になったことを伝えた。オランダと日本では8時間の時差があるため父の帰宅を待っていては深夜になってしまう。電話を替わったあかりは「変よ」「間違っている」と怒っていたが梢は「佳織が離婚した意味がなくなった」と自分を責めていた。
「そうかァ、民法735条を忘れていたな」梢は帰宅した私に淳之介から聞いた市役所の説明を伝えると真意を質してきた。答えは梢や淳之介が推理している通り「ついウッカリ」だった。尤も日本で陸上幕僚監部法務官室の弁護士だった時に開設していた隊員と家族向け法律相談窓口では離婚の相談は受けても結婚については目出度い話だけに本人も確認するのが嬉しいのでワザワザ私のところへ電話してくることはなかった。
「それでもワシは諦めないぞ。何が何でもお前と夫婦になるんだ」「日本で訴訟を起こすつもりなの」ウガイを終えてリビングに戻ると台所で夕食の準備を再開している梢の背後に立って決意表明した。梢は包丁で野菜を切りながら答えたがやはり意識は手元に行っているようだ。
「ここはオランダだぞ。日本の民法は適用されないよ」「こっちで婚姻手続きをするのね」梢は手を止めて振り返った。それにしても出刃ではないとは言え包丁を突きつけられては困る。本当は抱き締めたかったが諦めざるを得なかった。
「こっちで結婚して日本の役所が認めなければ行政訴訟を起こす。民法735条は科学的必然性がない除外規定だから勝てるはずだ。どこまで日本大使館が協力するか判らないがお前と夫婦同然に暮らしていることは職員も知ってるんだから邪魔はさせない」妙に闘争本能が燃え上がってきた。それにしても帰国する目的は戦争犯罪に関する訴訟のはずだが私的に法廷闘争を予定してしまった。身命を賭して防衛任務を遂行している後輩たちに対しては極めて不謹慎だ。
  1. 2023/05/06(土) 13:28:44|
  2. 夜の連続小説9
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