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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ481

「オランダの公式の夫婦には3つの形があるんだって」日本では自衛隊が第2次日露戦争を本格化させていた頃、それに法律家として参戦する予定の私は個人的な法廷闘争の準備を始めていた。私は日本への帰国を前提にハリム・カサド・カマド・ハーン首席検察官が後任に選んだアジア人の佛教徒の元憲兵大佐への引き継ぎに掛かり切りなため調査は梢の担当になっている。この人選は私を評価してくれているようで嬉しいが、中東出身のイスラム教徒でイギリス国籍のハーン検察官の性格から見てリミッド次席検察官の後任がヨーロッパ人のキリスト教徒を踏襲しているので宗教上のバランスを取りながら戦場での活動に熟練している元軍人を確保しようと言う計算が利いた判断らしい。
「3つ・・・そうなるとお前とワシも夫婦になるのかな」「それは役所で手続きしてないから無理。ただの同居、同棲って言うべきかしら」説明しながら梢は何故か恥らった顔をした。若い頃、毎週末に那覇市内の梢のアパートに泊るようになるとお互いの職場の同僚たちから「同棲生活だ」と言われるようになった。当時のフォーク・ソングや映画では4畳半の安アパートでの若い男女の侘しい生活を描いた作品が流行していたので勝手に一緒にしていたようだ。
「先ずは日本と同じような結婚、これは教会での式もワンセットよ。次はカミへの宣誓がないシビル・ユニオン、それでも立会人が2人必要なんだって。それから同居契約・・・やっぱりカミに誓うと離婚が背信の重罪になるから若い人は避けるみたい」「つまり日本の人前婚はシビル・ユニオンになるんだな。国が同居まで登録させて保護を与えるのは少子化対策だろう」私の推察に役所で同じ説明を受けて来た梢は深くうなずいた。考えてみれば私の過去2回の結婚は美恵子とは玉城家の墓所で先祖に誓ったが、佳織とは自衛隊の礼装で記念写真を撮っただけだった。梢も谷茶がモンチュウと絶縁していて貯金を全く持たなかったため何もしなかった。兄の恵昇が独身のまま亡くなって一人娘になった梢の結婚式を省略させられた安里の両親の無念さは想像に難くないが、私との破局から立ち直る切っ掛けと信じて許したのだろう。それでも全て破局したのだから手続きよりも当事者同士の人間性の問題なのだ。と×(バツ)2になってしまった私は納得した。やはり梢には花嫁衣装を着せたい。
「モリヤ検察官、法務省が帰国できる時期を確認してきたのですが」「そんなに戦況が悪化してるのですか」数日後、私は在オランダ日本大使館の防衛駐在官・河瀬直道1佐に呼び出された。河瀬1佐とはロシア軍によって強制着陸・抑留されていたシベリアからオランダに戻った時に深夜のアムステルダム空港で出迎えられて以来、交流が再開して私はウクライナの戦争犯罪裁判で見聞した現地情報、河瀬1佐は日本の戦況を交換してきたが、最近は互いに多忙になっていて訊ねるのは久しぶりだった。それにしても日本大使館は自衛隊を退官した私への対応を公的には関係がなくなった河瀬1佐に担当させているようだ。
「北海道に続いて新潟にも地上部隊が上陸して東部方面隊と交戦中です」「しかし、北方の装備品は最新鋭で充実していても東方は大したことないでしょう。戦車も全て北方に集中配備されたはずだ」「いいえ、富士学校に残していたので新潟へ派遣したようです」河瀬1佐もこちらの方が専門なので前置きに当たる雑談が熱を帯びてきた。しかし、私は母国が侵略を受けている非常事態にもそれほど関心を持っていない。とは言え国際刑事裁判所の検察官として現地調査に赴いたアフリカ大陸の戦争や旧ユーゴスラビアでの苛酷な内戦、アフガニスタンでの間接侵略と抵抗戦闘、何よりもヨーロッパで頻発していたイスラミック・ステートのテロを加倍政権以外の日本政府は対岸の火事として傍観者を決め込んできた。何よりもスリランカ内戦では日本の人権団体が反佛教のヨーロッパの人権団体の批判を請け売りしていたのだからオランダ在住の私が冷淡であっても非難される謂れはない。
「帰国する時期は担当していた公判の起訴状を後任者と一緒に作成すれば可能になりますが、その前にこっちで済ませたい個人的手続きがありまして」「モリヤ将補と離婚されたと聞きましたから秘書の安里さんと結婚するんですね」佳織は離婚手続きを退官後に日本で行ったはずだが個人情報がオランダにまで届いていた。WAC唯一の将官が離婚したとなれば話のタネになるのは仕方ないが、戦時下の自衛隊に海外まで噂話を広める余裕があるとは意外だった。
「それならば話が早い。帰国前にスケベニンゲン(=スヘフェニンゲン)の独立自治体区役所で手続きを終えたいから大使館が公布する戸籍事項記載証明とアポステイーユ(サインの証明証=日本で言う印鑑証明)を用意して下さい。それが終わるまで帰国しません」やはり終わりは脅迫になった。本当に平成の30年間で愛国心は消え果ててしまったようだ。実のところ私は最近、国を捨てて小型ビジネス機で亡命してきた今の天皇の妻と娘に妙に共感していた。勿論、日本大使館からは緘口令が敷かれているが、これも取引材料に使えそうだ。
  1. 2023/05/07(日) 15:33:50|
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