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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ485

「しかし、防衛出動が発令されないと陸上自衛隊の戦闘は銃剣道の試合みたいなもんですね」統合幕僚監部で陸海空の運用幕僚たちに私が国際刑事裁判所から調査に来た韓国軍による対潜哨戒機と対領空侵犯措置の要撃機の撃墜以降、海上自衛隊による東シナ海での中国輸送艦隊の撃沈を飛ばして現在に至るまでの戦闘の推移の説明を受けて私は妙な例えを口にしてしまった。私は普通科の士官でありながら帝国陸軍の歩兵の美学・突撃を否定していてそのための武道である銃剣道を公然と批判していた。実際、守山駐屯地の中隊長時代は連隊の銃剣道大会への参加を拒否し、久居駐屯地の教育隊でも課程教育から銃剣道を排除した。銃剣道の最大の欠点は89式小銃とは長さが全く違い、右手で握る銃把の形状が異なる木銃の刺突動作だけの競技であることだ。さらに海上自衛隊が一刀流の宗家だった草鹿龍之介参謀長の「一本勝負」の発想が、その時点で可能な速攻を否定させたとして訓練科目から武道を廃止した見識にも共感している。銃剣道は技法が単純な分、剣道や柔道の「一本」に比べて心技体の力の発揮の度合いが軽く「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす(宮本二天)」るような奥深さはない。つまり陸上自衛隊は警察権の行使と言う刺突動作だけでルール無用に攻撃してくる中国軍やロシア軍に立ち向かっているのだ。私の例えに陸上自衛隊の幕僚が苦虫を噛み潰したような顔でうなずいたのも銃剣道に固執する部隊に対する不満がありそうだ。
「加倍首相や管(くだ)首相の時だったらここまで後手後手に回ることなく、とうの昔に日米安全保障条約が発動されてアメリカ軍が参戦しているはずです」戦況の説明が終わると1課長が本音で講評した。この説明を聞く限り統合幕僚監部はアメリカ国内での中国の政治工作についても驚くほど詳細に把握している。私はそれらの海外情報は国際刑事裁判所時代に接触を持った同期の岡倉の活動によってもたらされていると確信して誇らしかった。
「元警務官のモリヤ2佐が検察官になられたことは我々としても実に誇らしく、それ以上に安堵しています」続いて同じ市ヶ谷地区内にある陸上自衛隊の警務隊本部に移動して捕虜と戦争犯罪に関する説明を受けた。そこには海上自衛隊と航空自衛隊の警務隊本部からも担当者が同席している。説明に先立って2佐の保安科長が社交辞令を口にすると海空の担当者もうなずいた。この様子では捕虜の取り扱いや戦争犯罪の立件で一般法廷の法務省の検事との間で何らかの齟齬が生じているようだ。多分、私を帰国・任官させることになった理由はそれだ。
「ロシア軍と中国軍の捕虜の供述調書は想像以上の出来栄えですね」「部内にロシア語や中国語が堪能な人間がいるとは思いませんでしたよ」最初に北海道の警務隊が送ってきた捕虜の供述調書を通読すると警務官の作文ではないかと疑ってしまうほど詳細な内容でかなり優秀なロシア語の通訳を確保したようだった。私も多少はロシア語を理解するがウクライナの戦争犯罪の公判の特別検事としてロシア兵を事情聴取するには能力不足で、ウクライナの憲兵や検察官に英語に翻訳してもらっていた。その点、陸上自衛隊はアメリカ軍と協同で活動することが多い海上や航空に比べて語学力は落ちる。PKOなどの海外派遣に際しては決定から出発までの短期集中講座で何とかしているが、軍事英語と現地の日常語で手一杯でロシア語までは手が回らないはずだ。開戦の準備として中国語とロシア語の語学力を向上させていたとすれば流石は東京大学卒の幕僚長だがどうやら違うらしい。
「若しかして小象の檻でソ連や中国の無線を傍受している情報要員ですか」「流石に知っていましたか」「航空の曹侯の同期に2人いて私も少しロシア語と中国語を少し話すからそれで密談していたんです」航空自衛隊では幹部・空曹を問わず英語に堪能な者は珍しくないが流石にロシア語や中国語で会話する空曹はこの同期以外に会ったことがなかった。
「捕虜の待遇に関する1949年8月1日のジュネーブ条約では事情聴取は捕虜が理解できる言語で行うように定められていますから心配していたんですよ」「我々も最初は困り果てていました。すると稚内に彼らの施設があると聞いて問い合わせたところ応じてくれたんです」確かに警務隊にいきなり「ロシア語の通訳を探せ」と言われても困るはずだ。その時、私は傍受要員の同期から聞いた内部情報を思い出した。
「そう言えば新潟の新発田駐屯地にも別の場所に小象の檻があるはずですよ」「そうですか。そうなると新潟方面でもロシア語の通訳が確保できる訳だ」傍受要員は書簡の宛先は東京の本部で住民票さえも実際の居住地ではなく東京の本部の所在地に置いていた。当然、将来の任地もロシア語の密談でなければ聞けなかった。
「呂論島で捕獲した中国兵はどうしていますか」「あの頃は政府が捕虜を認めてなかったので、不法侵入、銃砲刀剣類の不法所持に使用、殺人、傷害、その他諸々の刑法犯罪者として鹿児島の拘置所に収監して公判中です」「そうですか・・・」私は深くて重い溜息をついた。
  1. 2023/05/11(木) 15:24:03|
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