衣類や食器、書籍類を送ったオランダからの船便は1ヶ月かかるが日本のマンションには家具が付いていないので生活を再開するには自衛隊時代の転属以上に手間と金がかかる。オランダに赴任する時、内局の担当者から「家具は不要」と説明を受けたため家具は元々が美恵子と暮らし始めた時に買った安物だったので大半は捨ててしまった。今回は最愛する梢との新生活だから気合を入れたいところだが数年後には沖縄へ移住する予定なので大荷物になるのは困る。そんな訳で毎度の合板製の安物になってしまった。佳織がハワイに移住する時に単身赴任用に揃えていた家具を貸倉庫に預けておいてもらえばかなり節約になったが私の帰国が早まるとは思っていなかったので手遅れだった。佳織が1佐の給料で買った家具は3曹だった私が沖縄の量販店やスーパーで探した安物とは比較にならなかった。
「何だ、この事件は」「ヨーロッパのテロでも有り得ないわね」それでも新聞はこちらから販売店に電話して保守系の3K新聞を購読することにした。オランダでは英字新聞だったので帰宅後に再読する時は通訳の梢が隣で一緒に読んでいた。それが習い性になっているから日本でも炬燵に並んで座って話し合いながら読んでいる。それにしても新潟や北海道の戦況が一面ではなく、都内で発生している凶悪事件は最終面になっていることに唖然としてしまった。結局、日本のマスコミは戦地に自社の記者を派遣しないで警察や自衛隊の制止を無視して潜入したフリー・ジャーナリストの取材記事を買っているようだ。3K新聞はウガンダでの自衛隊の人道派遣の取材に向かっていた系列テレビ局の特派員が1994年12月6日に飛行機の墜落事故で殉職しているため社員の危険回避には敏感であっても仕方ない。
「相変わらず独断と偏見で記事を書いてるな」3面に載っている戦況の記事はロシア軍側の大本営発表のように自衛隊の劣勢・敗走の記事ばかりだった。私は北キボールで現地人の不良青年たちに拉致された日本人フリー・ジャーナリストの男女を捜索中に交戦に巻き込まれて殺害することなったが、あの2人も地元の住民を騙して反対デモを起こさせ、銃と弾薬を渡して宿営地を銃撃させるなど自衛隊のPKO活動を妨害するための工作活動を繰り返していた。東北地区太平洋沖地震でも収容した遺骸に自衛隊員が合掌している画像に「自衛隊による宗教活動」と表題を付けて投稿するなどの粗探しに励んでいた。保守系の3K新聞だから3面に載せているがA日新聞なら1面で大々的に報じているのかも知れない。
「こっちの事件も日常化してるのね。こんなに記事が小さいもの」「確かに昔なら大事件だよな」記事によれば都内では放火が頻発しているだけでなく消火にあたっている消防隊員が射殺される事件が続発していて現在ではヘルメットを自衛隊と同じ防弾構造に改造して消防衣の下には防弾チョッキを着用しているらしい。そのため昨日都内で発生した火災では消防隊員は銃撃を受けても軽傷ですんで現場で救急隊員の措置を受けたようだ。しかし、梢は「ヨーロッパのテロでも有り得ない」と言ったが第2次世界大戦のドイツの都市空襲で連合軍は爆弾で屋根を破壊してから焼夷弾を撒き散らして火災を発生させ、消防を開始するのを待って飛来した戦闘機が機銃掃射して殺傷した。それも陸戦や海戦では許されない違法な戦術だが空戦規則がないため不法行為であって戦争犯罪にはならない。
「今度は『また』って書いてるけど・・・」梢は消防隊員への銃撃の記事の下に「また在日中国人の射殺遺体」と言う見出しで始まる半行の記事を指差した。記事によると都内の繁華街が裏路地で頭部を撃たれた男性の遺骸を警邏していた派出所の警察官が発見して検屍の結果、40歳代の在日中国人の会社員と判明したとある。気になるのは記事の後半に「韓国との武力衝突が発生して以降、都内で在日中国人と南北朝鮮人の遺体が発見されたのは100回を超える」「以前は変死だったが最近は拳銃による射殺になっている」と解説してあることだ。
「あれッ、この現場は火災が起きた場所の近くじゃあないの。住所が同じよ」やはり梢の秘書としての能力は抜群だ。私が読み飛ばしていた数文字の文章に気がついて疑問を提示してくれた。どちらの記事にも番地まで載っているが百桁の数字が違うので通りが違うようだ。
「本当だ、火災現場の近くなら警察官が見つけなくても野次馬が気がつきそうなものだがな」これで検察官・元警務官としての推理力が稼働する。仮にこの遺骸で発見された在日中国人が放火と消防隊員への銃撃に関係していれば殺害は日本人の報復、法的には有り得ないが日本の公的機関による処罰である可能性が発生する。つまり放火、若しくは銃撃した時点で特定されていて逃亡するのを尾行されて人目につかない場所で射殺されたことになる。犯人も拳銃を持っていたことを考えるとプロの仕事だ。その時、私の脳裏に「必殺仕事人」のトランペットの音色が響いてナバオ・デス・スクワットで麻薬組織の撲滅に参加していた朝山元3佐=蓮床の姿がよぎった。まさか「変死」と言うのは三味線の弦で首を吊り、研ぎ澄ました簪(かんざし)や鋭く折った花の枝で急所を突き、手で肋骨を突き破って心臓を鷲掴みにするのではないだろう。祖父の寺に遊びに行って夜更かしが黙認されると「隠密同心・大江戸捜査網」や「必殺」シリーズを喰い入るように見ただけに記憶に深く刻まれている。
- 2023/05/17(水) 15:42:21|
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