陸上自衛隊は新潟県を包囲するように展開している。県内の高田両駐屯地の第2普通科連隊は上越市に上陸したロシア軍に対処し、弾道ミサイルで損害を受けた新発田駐屯地の第30普通科連隊は柏崎市に上陸した主力部隊の一部が北上し、同時に新潟空港に輸送機で空輸されてきた部隊と戦闘中だ。そして柏崎市から関東に向かう国道17号線が通る魚沼市と南魚沼市には富士普通科教導連隊が配置されてゲリラ戦を展開して、その後方の湯沢町には松本駐屯地の第13普通科連隊の山岳レンジャー=クレージー13が控えている。さらに山形県境には神町駐屯地から第20普通科連隊、富山県境には久居駐屯地から第33普通科連隊、長野県境には松本駐屯地から第13普通科連隊、福島県境には福島駐屯地から第44普通科連隊が派遣されて固唾を吞んで待ち構えていた。
「今回は国内だから助かるな」「東北の震災の時みたいにバイクで好き勝手に走り回れる・・・ことにしておこう」「お互い本当はロシアの命令で動いてるなんて言えないよな」そんな新潟県から2台のオフロード・バイクが大声で話しながら並走してきた。新潟県は県知事の事実上の避難命令が下達されてからは在日半島人を含めて自衛隊以外の日本人の立ち入りは禁じされているので間違いなく不法侵入者だ。この道路も魚沼市から会津駒ケ岳の麓を迂回して檜枝岐村に向かう山道の国道352号線で自衛隊の監視を避けているのは明らかだ。会話の内容からみて新潟で戦場取材しているフリー・ジャーナリストのようだ。
「加倍が首相になってからは法務省と外務省が妙に団結しやがって紛争地帯に行くのを邪魔しやがる。あれが一番、金になるんだぞ」「民政党政権の頃は事業仕分けで袋叩きにされてショボくれてたよな。連亡(れんぼう)に『女王様とお呼び』って尻を鞭でピシッとやられて・・・痛快だったぜ」話を妄想に落として2人はのけ反って笑った。確かに刈り上げ頭で中国人的な鋭い目つきの連亡が血のような赤い口紅を塗り、先が尖った黒のハイヒールに網タイツをはいて黒い皮の超ハイレグのレオタード姿で鞭を振れば元クラリオン・ガールだけに日活ロマンポルノの初代SMの女王・谷ナオミよりも欲情をそそりそうだ。
「今回の自衛隊の捕虜たちは結局、全員死んじまったよな」「傷口が化膿して熱を出しても放置されれば死ぬしかないだろう」「それを黙って耐えていたよな。若いのにマゾだったのかも知れないぞ」今回も話を卑俗に落としたが笑いは起きなかった。しかし、それは良心の呵責ではなく吐き気を催すような記憶が頭の中で再生されたに過ぎない。2人はロシア軍が保護した自衛隊の負傷者を取材したことになっているが、実際は宿営地にしている学校の資材倉庫に遺骸と一緒に放置している隊員の中で、意識がある数人の上半身の写真を撮っただけだった。したがってA日新聞の編集部にメールで送ったインタビュー記事は全文が創作=捏造だ。しかし、便所がない資材倉庫で便と尿をそのままにしている上、腐敗が始まった遺骸の死臭が充満している密閉された空間に長居する気には到底ならなかった。
「あれは自衛隊の車じゃあないか」「馬鹿な、A日新聞はこの道なら自衛隊はいないって言っていたんだろう」2人が会津駒ケ岳の山腹の現在の自動車道としては隘路(あいろ=狭い道)に差し掛かると車道を塞ぐようにOD色のジープが止まっていた。2人は取材に出るに当たり記事を買うA日新聞から情報提供を受けているが「福島県境は国道49号線の西会津町に第44普通科連隊が配置されているだけだ」と聞いていた。そのため国道352号線までは三条市から山間の国道289号線を通って富士普通科教導連隊が駐屯している魚沼市を迂回した。
「拙い、どう考えても俺たちを待っていたんだろう」「それは考えすぎだよ。フリー・ジャーナリストが戦場取材に行った帰りだと言えばかえって食料を分けてくれるかも知れん。自衛隊はお人好しの上、マスコミに弱いんだ」速度を落とした2人は声量を落として対応を話し合った。フリー・ジャーナリストの多くは元新聞記者なので自衛隊が悪意を持った報道で住民感情や世論を不利な方向に誘導されることを恐れて憐れなほど低姿勢で従属的なことを知っていた。昭和59年2月27日に山口駐屯地で発生した小銃乱射事件では新聞記者が勝手に隊舎内を歩き回って昼礼で隊員不在になった中隊本部事務室に立ち入ると先任陸曹の机の上に置いてあった営内班長の生活指導簿を無断で持ち去って「情緒不安定な隊員を実弾射撃に参加させた」とスクープ記事にしたが、窃盗ではなく公品横領で告発されたものの「正当な取材活動」と言う主張が認められて無罪に等しい軽微な処罰を受けている。
「江藤健三と安野俊平だな」「違う」「違う」「これはお前だろう」2人がジープの手前でバイクを止めると車体の後ろから3人の迷彩服を着た男が歩いてきた。3人は1人ずつ2人の前に立ち止まり、中央の3佐の階級章の1人が声をかけた。2人は咄嗟に嘘をついたがコピーした顔写真を突き付けられて言葉に詰まった。すると目の前の男たちは2人に組み付くと腕を首に回して肩に後頭部を載せる体勢になり、足で路面を踏み切ってバイクと一緒に引き倒した。2人が地面に叩きつけられた瞬間、首がボキッと乾いた音を立てた。
「遺骸が発見されれば2人一緒に道路から転落して頭部を強打、脛骨骨折で即死だな」中央の1人の言葉に両側の2人は1度うなずいた。田島3佐たち自衛隊版隠密同心の仕事だった。
- 2023/05/20(土) 15:41:36|
- 夜の連続小説9
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