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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ497

「あそこにも破壊された戦車があるわ」「これで32両目だな。やはりジエータイはかなり戦果を上げてるぞ」原付バイクで南魚沼市から魚沼市を抜けて柏崎市に向かったブリティッシュ・ライフ紙のマッキイトニー記者とエルトンジョン記者は沿道や宿営地だったと思われる施設の駐車場で擱座しているロシア軍の戦車や自走榴弾砲、装甲車などを撮影しながら前進を続けた。富士普通科教導連隊で住民が残していった原付バイクをもらった時、連絡用として使うために確保している混合燃料を分けてもらったので走行距離に不安はない。
それにしてもÅ日新聞を中心とする日本のマスコミが海外に発信している戦況によれば陸上自衛隊が装備で勝る北海道では一進一退の攻防戦が続いているものの新潟では頑強な装甲車両に打つ手がなく縦横無尽に蹂躙されているはずだった。ところが実際は携帯式対戦車ミサイルで破壊された装甲車両が各地に無残な骸(むくろ)を晒し、兵士の姿を見ることはなく占領が進んでいないのは明らかだった。
「ウクライナでも戦車の墓場と呼ばれる道路があったがジエータイの命中精度はあれ以上だな。外れたミサイルで破壊された痕跡が見当たらない」「私は地獄への回廊って聞いたわ・・・ジエータイは全員が教育用ビデオの出演者みたいに動作するってPKOで一緒になった陸軍の士官に聞いたことがあるから教科書通りに狙って射って命中させるんでしょう」マッキイトニー記者の見解にエルトンジョン記者は先ず自分の知識を投げ返し、続いて回答を渡した。
日米協同訓練でアメリカ軍は自衛隊の火砲の進入から設置、発射準備、そして発射までの一連の動作が全て教育用ビデオや教範の写真通りであることに感心して兵士の前での展示を要請することがよくあるが、それはPKOなどで一緒になった外国軍も同様で「自衛隊の宿営地の個人テントの紐は横からは1本に見える」「自衛隊の駐車場ではバンパーが一直線になっている」「電話は必ず左手で取って右手はペンを持ってメモの準備をする」「酒席は全員の乾杯で始まり、乾杯で終わる」などの目撃談が教訓として広まっている。
「この遺体はアジア人ね。ジエータイかしら」「迷彩服が違うぞ・・・ロシア軍だ」2人が前後に十分な距離を取りながら広大な水田の中の農道を走っていくと水路に兵士のうつ伏せの遺骸が浮かんでいた。先に見つけたマッキイトニー記者が写真を撮っていると追いついたエルトンジョン記者がバイクを止めて覗き込んだ。遺骸は至近距離での銃撃戦で戦死したようで背中には銃弾が貫通した穴が複数開いている。それでも水に漬かっているため血痕は流れ落ちていた。後頭部の髪は黒く、細身の体型から見てアジア人だ。
「ロシアはウクライナでもシベリア鉄道で北朝鮮の兵士を動員したから今回も補充に使ったんだろう」「北朝鮮からラジオストックは近いから移動は簡単ね。今のロシア軍に日本に侵攻する兵力が残っているはずがないって言うのがNATO軍内の疑問だけど北朝鮮が供給源だったのね」ここまで見てきた破壊された戦車や自走榴弾砲、装甲車にロシア兵の遺骸は残されていなかった。結局、ロシア軍はウクライナでも粗食に耐えて戦闘を遂行し、人とは思えない残忍な手段で多くの将兵と市民を殺害した北朝鮮の兵士を同盟軍とは見ていないようだ。
「エンジン音がする。ドローンじゃあないか」「隠れないと・・・バイクをどうしよう」その時、この時期には珍しく綺麗に晴れ上がった空から軽いエンジン音が聞こえてきた。この時間帯は夜襲を専らにする陸上自衛隊の活動時間ではないが、この場所で飛んでいる無人機はロシア軍の監視用と見るのが常識だ。2人が周囲を見回すと遠い空に黒い点がユックリと飛んでいるのが目に入った。この距離ならまだ監視カメラの視界は届かない。地上に目をやると幅が広い畔に農家が何に使うか分からない竹竿を入れている長い倉庫が見えた。
「あそこだ」「うん」マッキイトニー記者が声をかけるとエルトンジョン記者が先にバイクを発進させた。エンジンを止めていなかったので走り出せば早い。数十秒で倉庫に着くとバイクを竹竿の上に倒して引き入れ、低いトタン屋根の下に身を隠した。マッキイトニー記者はエルトンジョン記者の上に覆い被さり、発見されても1人であるかのように偽装した。
「危ないところだったな」「うん・・・」トタン1枚の屋根と壁越しにエンジン音が聞こえなくなると2人は安堵の溜息をついた。今までもアフガニスタンやイラク、シリア、ヨーロッパ各地のテロ、そしてウクライナ、スーダンへの戦場取材に同行してお互いにジャーナリストとして敬意を抱き、職務上の戦友だと思っている。勿論、戦場を離れて緊張感から解放された時には生命を保持している至福が快楽を求め、激しく抱き合って肉欲に溺れることもある。しかし、ここ新潟は今まで経験してきた「死」に覆い尽くされた戦場とは全く違う。広大な平野が定規を当てて線を引いたような水田で区切られ、刈り入れを終えた稲の根元の蕪(かぶ)から伸びた茎で緑色に染まった長閑な風景に静かな風が吹き抜けていく。ここまで来るまでも幾つかの破壊された建物や戦車の無限軌道(キャタピラ)に踏み荒らされた水田を見てきたが、それは風景画の描き損じに過ぎなかった。そう言えば先ほど会ったこの激戦を遂行しているはずの陸上自衛隊の隊員たちにも殺気を感じなかった。不思議な軍隊で戦場だ。
  1. 2023/05/23(火) 15:35:59|
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