fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ498

2人は日没を待って月明りだけを頼りに山側の道路で市街地を迂回して海岸沿いにある刈羽原原子力発電所が見える集落に潜入した。ここまで通過してきた集落にはロシア軍が配置されていてエンジン音を聞かれない距離を取って迂回したが、この集落は放射能を警戒したのか主要幹線の入り口に戦車が駐車している以外は灯りが点いた建物は見当たらない。勿論、マッキイトニー記者はガイガー・カウンターで放射線量を測定しているが健康を害するような異常な数値は検知していない。
「この家も略奪を受けてるな」「家電製品や調度品は何も残ってないわ。壁に掛けてあった絵も奪われてる」2人は集落でも奥まった場所にある目立たない民家でイギリスから持ってきた放射線を遮断する防護衣を着て仮眠することにした。この防護衣は保温性が高いのでこの季節の日本の気温であれば寝袋や毛布の代用になる。それでも集落の家屋は全て窓を破られ、室内は物色と略奪を受けて床には金にならない雑貨が散らばっていた。この民家の居間の壁に額の大きさの変色があるのは絵画も持ち去ったと言うことだ。その割に眠ることにした座敷の床の間の由緒がありそうな掛け軸は放置してある。どう考えても居間に掛けてある模造画よりも骨董価値は高そうだがロシアや北朝鮮には「何でも鑑定団」はないようだ。
「あの原発を砲撃したのね」「ウクライナのザポロジエであれだけ批判を受けたのに全く懲りてないな」「多分、ジエータイが反撃してくれば原子炉を破壊するって脅すつもりなのよ」翌朝、割れた窓越しの朝の日差しと冷気で目を覚ました2人は家屋の横に隠しておいた原付バイクを手で押して集落の海岸側に出てみた。エンジンをかけるのは集落が無人なのを確認してからだ。戦車のエンジン音とキャタピラの軋みは聞いていないので集落の両端に駐車したままらしい。歩哨を戦車で配置しているのは兵士の放射線による健康被害を避けるためとも考えられるがロシア軍がそのような人道的配慮をするとは思われず単に自衛隊の攻撃を警戒しているのだろう。ウクライナよりもアフガニスタンの戦訓の方が深刻なのだ。
「原発の写真を撮ったら第1報を編集部に送ろう」「それじゃあ記事を書くわ」エルトンジョン記者としてはウクライナの取材で見てきた廃炉になったチェルノブイリやロシア軍に占領されていたザポロジエ原子発電所と刈羽原原子発電所の破壊を見比べたいところだが、これ以上の接近は放射能だけでなく重点監視しているロシア軍に発見される危険性が高くなるのは判っている。しかし、胸の中では原子力発電所を核兵器に替わる放射能兵器とするロシアの人類に対する罪を世界に周知するため一歩でも近づいてより詳細な実情を確認したいと言うジャーナリストとしての使命感と呼ぶような綺麗ごとではなく好奇心=本能が沸き立っていた。
「私たちは日本の自衛隊の協力で戦場となっている新潟県でも主力部隊が上陸した柏崎市に潜入しています」エルトンジョン記者はマッキイトニー記者のデジタル・カメラの画像を見ながらスマートホンに文章を打ち込んだ。最初は大清水トンネル内のストロボで照らされた範囲の前後とも丸い天井と線路しか見えない殺風景な画像からだった。それでも22キロ以上歩くほかにやることがなかったので同じ写真が数枚ある。その後は出口付近に設置してあった指向式散弾地雷・クレイモアを撮影していた。マッキイトニー記者は「スイス軍が戦時にはトンネルや谷に架かる橋を破壊するための爆薬を設置しているのに比べて甘い」と冷笑していたが、自衛隊の勇戦の跡を目の当たりにして考えが変わったはずだ。
「柏崎市周辺では自衛隊によって破壊されたロシア軍の装甲戦闘車両が私たちが確認しただけでも50両以上ありました。写真番号18から82と90から132」バイクで走って行って最初に戦車を見つけた時にはヨーロッパで日本のマスコミが流布している自衛隊の劣勢・敗走と言う報道を否定するスクープだと思ってマッキイトニー記者も張り切って写真を撮ったが、柏崎市に近づくにつれて何両も目にするようになり、次第に車種が判るように全体と対戦車ミサイルが命中した弾孔、そして上部ハッチから見た内部の3枚だけになり、最後には充電とメモリー・カードを節約するために全体の1枚だけになってしまった。
「この遺骸は明らかにアジア人です。それまでロシア兵の遺骸は見ませんでしたが、この遺骸だけは放置されていることからウクライナと同様に北朝鮮軍ではないかと思われます。写真番号83から89」マッキイトニー記者は遺骸を引き上げて顔を撮影しようとしたのだが、そこにドローンのエンジン音が聞えたため退避を優先した。
「民家では略奪が横行しています。写真番号140から160」「ロシア軍は柏崎市内にある刈羽原原子力発電所を砲撃で破壊したと発表しましたが、私たちが望遠レンズで確認したところでは建屋は破壊されているものの露出している原子炉は無事でガイガー・カウンターでも健康被害を受けるような数値は検知されていません。現時点の数値は・・・」日本とイギリスの時差は8時間なのでロンドンでは午後11時になる。編集部の宿直の記者が頑張れば朝刊に間に合うはずだ。日本のマスコミにも届けたいが自国よりも中国やロシアの詭弁・虚言の代弁者になっている報道姿勢が信用できなくなった。
  1. 2023/05/24(水) 14:36:05|
  2. 夜の連続小説9
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<5月25日・日露地上戦の2回戦・金州南山の戦いが始まった。 | ホーム | 続・振り向けばイエスタディ497>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/8444-b74e1334
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)