「もうすぐ新潟ね」「意外に遠かったな。燃料が心配だ」「でも風景が綺麗だったから戦場取材なのを忘れて楽しんじゃったわ」富士普通科教導連隊による波状攻撃で柏崎市のロシア軍が甚大な損害を出しているとのレポートをイギリスのブリティッシュ・ライフ紙の編集部に送ったマッキイトニー記者とエルトンジョン記者はロシア軍の別動部隊が旧式揚陸艦で着岸・上陸した上越市と主力部隊が柏崎市から北上し、同時に新潟空港に輸送機で兵員と装備を空輸している新潟市のどちらを取材するかを話し合った結果、侵攻直前に弾道ミサイルを射ち込まれている新潟市を選択した。しかし、山形県との県境から富山県まで330キロある新潟県の中央に位置する柏崎市からではどちらも100キロ近い道程になる。それでも海岸沿いの道路からの本海と佐渡島の眺望は素晴らしく日本人であれば「荒海や 佐渡に横たふ 天の河」と芭蕉を気取るところだが2人は予習不足だった。したがって途中にある戊辰戦争で家老・河井継之助の揮の下、毛利藩の奇兵隊を壊滅させた長岡市を素通りしたが、薩長土肥軍をロシア軍、長岡藩軍を陸上自衛隊になぞらえた格調高い記事を書き損なってしまった。
「あれは墜落した輸送機じゃあないか」「この位置だと新潟空港に着陸するところだったのね」「離陸したのかも知れないぞ」前方に新潟市の中心部のビル群が遠望できるようになった緩やかな丘陵の住宅地に大きな尾翼が直立し、爆発で吹き飛ばされたのか周囲の家がなくなっているのが見えた。新潟空港の滑走路は海岸線に沿って東西に延びているのでこの位置で墜落したのは西風に向かって着陸していたのか、東風に向かって離陸したのかは判らない。
「これもジエータイが撃墜したようだな。回避行動を取ったから地上に落ちたんだ」住宅地の一角は家屋がなぎ倒され、大規模な火災が発生したようで広範囲が消失して、その中央に黒焦げになった中型輸送機が残骸を晒していた。軍用輸送機は後部ドアを開放するため水平尾翼=エレベーターは垂直尾翼=ラダーの上部に設置されるので墜落後に尾翼が立っていることは珍しいが機体の後部が折れて地面にめり込んでいた。
「住民は避難しているから無事だったんだろうけど焼失した家屋は50軒を超えてるわ」「新潟で戦ってるジエータイは・・・歩兵30連隊だったな」ロシア軍も墜落した現場の片づけは実施したようで機体の残骸と廃墟となった住宅の廃材以外は残っていないことを確認するとエルトンジョン記者はマッキイトニー記者が手渡したカメラの画像を見ながら記事を打ち始めた。
イギリスでは2人の記事を掲載したブリティッシュ・ライフ紙は評判を呼び、駅や街角の売店では完売が続出しているそうだ。また国民の間では「アメリカが日米安全保障条約を発動しないのであれば代わってイギリスが軍を派遣するべきだ」と言う参戦論が起き始めているらしい。確かにエルトンジョン記者は今回の軍事侵攻を「第2次日露戦争」と表現しているので開戦前夜にイギリスが「名誉ある孤立」を捨てて締結した日英同盟の再現を考える国民がいても不思議はない。イギリスがアジアの小国・日本と対等同盟を結んだのは義和団事変で日本軍派遣隊の勇戦と規律を目の当たりにしたからだが今回はPKOがそれに当たる。
日没を待って新潟市内に潜入した2人はロシア軍の姿を撮影しようと建物の灯かりを目印にして歩き回っていた。。市民不在で送電も止まっている市内で照明を使っているのはロシア軍しかいない。ようやく見つけた宿営地にしている学校でマッキイトニー記者は望遠レンズで窓越しに室内のロシア兵を撮影したが、軍用自家発電機の電力では照明が暗く人影にしかならなかった。そこでマッキイトニー記者は校庭に入って校舎に接近した。エルトンジョン記者は距離を置いて後に続いたが、突然、空中でオレンジ色の閃光が起こり、爆発音が響いた。
「オリビアァ」エルトンジョン記者には吹き飛ばされるマッキイトニー記者が名を呼ぶ絶叫が聞えた。これは対人地雷が作動したのだ。ロシア軍はウクライナでも対人地雷・POM3を使用したが、踏まなくても振動に反応して爆発物が空中に射出されて16メートル内にいる人間を殺傷する威力がある。ロシアは1997年12月3日にオタワで調0印された「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」には署名していないが、イギリスは国王の死んだ前妻が廃棄運動に熱心だったこともあり加盟している。
「誰だ、死んだのは」「日軍(=自衛隊)か、馬鹿な奴だ」そこに10数人の人影が建物から出てきた。誰も懐中電灯は使っていない。その言葉はロシア語ではなくアジアの言語だった。
「どうやら8番みたいだ」「あった、ここに転がってるぞ」人影の兵士は倒れているマッキイトニー記者を見つけると頭を足で蹴って生死を確かめた。エルトンジョン記者は対人地雷が仕掛けられている以上、逃げることもできずに暗い影に身を潜めていた。
「もう1人いるぞ」「ウオーッ、女だ」それも徒労だった。兵士は体臭を探るように鼻を鳴らしながら近づき、エルトンジョン記者に気がつくとマッチを擦った光で確認した。
そこから先は毎度恒例の凌辱が始まったが、兵士たちは「日本へ行けば女は姦り放題、美味い物は喰い放題だって言ったのにこれだけかよ」「でも日本女じゃあなくて金髪だぞ」と朝鮮語で言い合っていた。その夜からオリビア・エルトンジョン記者は従軍慰安婦になってしまった。
- 2023/05/26(金) 15:08:20|
- 夜の連続小説9
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