「新潟市内に潜伏させている隊員にやらせましょう。それにしてもヘリボーンで救出するのも空挺レンジャーにやらした方が良いんじゃあないですか」「メディックも空挺レンジャーなんだそうだ」統合幕僚長からの命令は東部方面隊、第12旅団の指揮所を経由して新発田市内の崩れ残った建物の地下にある第30普通科連隊指揮所に届いた。すると先ほどまで各級指揮所の間で交わされてきたのと同じ意見が3科運用訓練幹部から返ってきた。やはり陸上自衛隊では航空救難隊は人命救助を専門とする消防や海上保安庁と同類の組織であって人間が殺しあう戦闘とは縁遠い存在と言う先入観があるようだ。それは統合幕僚監部でも同様だったが航空自衛隊の幕僚から説明を受けて考えを改めたばかりだった。
「何よりも戦闘機がロシア軍の地対空ミサイルを引きつける援護に当たるそうだから陸よりも連携は取り慣れてるってことだ」「なるほど・・・」ロシア軍の携帯式地対空ミサイル・9K32はアメリカのレッドアイと同時期の1950年代末に開発に着手したパッシブ赤外線ホーミング方式でアメリカではスティンガーの開発に移行していた1960年代後半になって配備が始まった。その後、改良型に更新しているがレッドアイとステインガーほどの能力向上はなく戦闘機にとってはそれ程の脅威ではない。むしろ柏原市で陸揚げした自走式地対空誘導ミサイル・9K37の方が気になるが富士普通科連隊が柏原市内、第30普通科連隊が新潟市内で破壊したはずだ。
「新発田から新潟は約25キロありますから装甲車で威力偵察させてロシア軍が動き出したところに新潟市内で遊撃戦を加えると言うのはどうでしょう」「確かに北朝鮮軍は危険な場所に優先的に動員されているようだから宿営地も空になるだろう」これまでの戦果報告でも攻撃が予測される肝要地には北朝鮮兵が配置されていた。第2次世界大戦のヨーロッパ戦線で日系2世の第442戦闘旅団は常に先陣と窮地に陥ったアメリカ人部隊の救援を命じられて多大の犠牲を払った。北朝鮮軍も非公式に動員されているロシア軍の戦闘で同様の処遇を受けているようだ。それにしても運用訓練幹部は3科長や連隊長の承認を受けずに作戦を提案した。陸上自衛隊ではこのような独断専行は許されないので事前に準備していた作戦を流用しただけなのかも知れない。
「威力偵察が目標まで到達すれば航空さんの出番はなくなりますが」「それならそれで結構だが無理に突入させることは禁止する」運用訓練幹部が余計な確認をしたのはやはりこの陽動作戦が本来、新潟市の制圧を目的にした大規模な戦闘の摘まみ喰いだからかではないか。第12旅団指揮所3部の運用幕僚は一抹の不安を感じて釘を刺した。
「日軍がセルゲイ道路を装甲車で接近してる」「戦車じゃあないんだな」その日の日没後、新潟市内の学校の北朝鮮軍の宿営地ではロシア軍占領部隊司令部からの連絡を受けて兵士に非常呼集がかかった。セルゲイ道路とはロシア軍が命名した国道7号線の別称だがミシュスチン内閣の国防大臣と外務大臣はどちらもセルゲイなのでどちらに由来するのか判らない。
「非常呼集」美味くはないが北朝鮮軍とは違って空腹を満たすことはできるロシア軍の配給食を食べ終えて教室の寝床でくつろいでいた兵士たちは手早く靴を履くと生徒用の棚に置いているロシア軍の弾帯を取って腰にはめ、ヘルメットをかぶって廊下のフックに吊ってある小銃を持って校庭に向かって駆け出した。階段では下士官が2人、道を開けて見送っていたが慰安婦を使う順番を決めるクジで1位と2位を当てた幸運な人間のはずだ。この様子では途中だったらしい。
「携帯式対戦車ミサイルで撃破する。射手と助手各10名」「はい、1組」「はい、2組・・・」「はい、9組、10組は欠です」指揮官の上尉(大尉の下・中尉の上)の指示に下士官で編成された携帯式対戦車ミサイル要員は準備の完了を申告したが2人足りなかった。ロシア軍の携帯式対戦車ミサイル・9K113は北朝鮮軍では採用されていないため兵士たちの憧れの装備なのだが、幸運な2人は徹底的に不運に堕ちていっている。どう考えても2人にとって慰安婦=性玩具にしたオリビア・エルトンジョンは不幸を呼ぶ女=下げマンだ。
「よし、1号車に携帯式対戦車ミサイルと要員、2号車に士(特務上士から下士=下士官)、3号車と4号車に兵士が乗れ。乗車」不運な2人が上尉の憤怒の形相と兵士たちの嘲笑に迎えられて列に加わると上尉は冷静な態度に戻って乗車命令を下した。北朝鮮軍にとってはトラックでの移動も平壌市近傍の部隊以外ではあまり経験できない。そのためこれから戦闘に向かうと分かっていても顔にははしゃいだような笑みが浮かんでいた。
ズーン、バババ、バババ、「敵襲」「助けてくれ」「オンマァ(お母さん)」「痛いよォ」セルゲイ道路=国道7号線を新発田市方面に向かっていた北朝鮮軍のドラックが道路脇に仕掛けられていた指向性散弾地雷・クレイモアによって破壊され、同時に停車した後続のドラックに周囲の住宅から銃撃が加えられた。北朝鮮軍ではトラックでの移動に慣れていないので指揮官が階級ごとに乗車区分を指定したため兵士のトラックでは指揮官がおらず完全にパニックに陥っていた。
その頃、新潟市内のロシア軍の宿営地では自衛隊が同時多発の攻撃を加えたため宿営地内を駆け回った兵士たちが自分たちの対人地雷で多数の死傷者を出した。微弱な振動で作動するPOM3が威力を発揮した形だ。
- 2023/05/29(月) 15:09:21|
- 夜の連続小説9
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