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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ505

「オリビア、大丈夫か」オリビア・エルトンジョン記者を救出した百里救難隊のUH-60は日付が変わる前に航空総隊司令部も同居する在日アメリカ空軍の横田基地に着陸した。すると在日イギリス大使館駐在武官のスタイリー大佐が出迎えていた。イギリスの在日駐在武官は基本的に海軍なので今日も黒地に金ボタン・ダブルの両袖に金線4本が入った軍服を着ている。だからパイロット・スーツや迷彩服の航空自衛隊、アメリカ空軍の中では目立っていた。スタイリー大佐はメディックに腕を支えられて側面ドアから下りたエルトンジョン記者に歩み寄ると握手ではなく抱き締めた。イギリスは紳士の国と言う認識を共有している日米の空軍軍人たちは呆気に取られて見ていたがエルトンジョン記者は安堵したようにスタイリー大佐の胸に顔を埋めていた。
「こちらがマッキイトニー記者の遺骸です」エルトンジョン記者をスタイリー大佐に渡したメディックは出迎えた航空自衛隊の中では一番階級が低い2佐に声をかけた。マッキイトニー記者の遺骸を回収したことは機長が総隊司令部指揮所に通知しているので衛生隊のアンビランス=軍用救急車がエプロンに来ている。このままアメリカ空軍の病院に搬送してエルトンジョン記者は軍医の診察、マッキイトニー記者の遺骸は検屍を受けることになる。
「ウチの担架に寝かせましたが、持ち帰りますからそちらの担架に移して下さい」「出血しないから汚れません」「死後硬直が始まってます」メディックはマッキイトニー記者の遺骸を背負って機内に運び込んだが、死後かなりの時間が経過しているので傷口からの出血はなく、死後硬直が進んでいるため大の字になって倒れていた姿勢は変えられなかった。幸い救難ヘリコプターには担架が積んであるのでそれに寝かせたがエルトンジョン記者は服装を整えると床に座り、冷たく固まった手を握って小声で語りかけていた。
「散弾式の地雷が空中で爆発したようです」「やはりPOM3か・・・」スタイリー大佐は先ずマッキイトニー記者の遺骸の検屍に立ち会った。大の字になって固まった身体から衣類を脱がすことは不可能で若い男性の看護士がハサミで切ってはがした。看護士は軍医とスタイリー大佐に血で染まった服を広げて見せたが肩から背中には無数の穴が開いていた。
「死因は多数の破片による複数の内臓の損傷ですな」「即死ですか」「頭部と心臓には直撃していないので1分近くは意識があったはずです」「苦痛を感じてしまったんですね」軍医の判定にスタイリー大佐は顔を曇らせて重い口調で答えた。スタイリー大佐もイギリス海軍軍人として旧ユーゴスラビアの内戦やブレア政権が軽率に同調した2代目ブッシュ政権の対イスラム戦争に出征して多くの敵に死を与えてきたが、恐怖は無理でも苦痛を跳び越すことだけは願っていた。
「肩から背中に傷があって頭部にないのは軍用ヘルメットを着用していたんでしょう」「遺骸は被ってなかったようだから北朝鮮軍に奪われたのかもな」X線写真で体内に大量に残っている金属片を確認した軍医の推理にスタイリー大佐も納得した。日本でも戦国時代には合戦の後、山林などに逃げていた農民たちが集まって売り物にしようと死んだ侍の鎧兜や刀、槍を奪い合っていたと言う。一方、アメリカ軍は太平洋戦線やベトナム戦争で日本兵や北ベトナム・ゲリラの遺品を記念に持ち帰っていた。北朝鮮軍がどちらの感覚なのかは判らないが浅ましいのは間違いない。
「遺骸はイギリスへ送るように処置しますが火葬するですよね」「彼の宗教を確認しないと判らないがその可能性は高いだろう」メスで身体を切り開き、対人地雷の破片を摘出した軍医は看護士に縫合を命じるとスタイリー大佐に意外なことを確認してきた。イギリスでは日本ほど完璧ではないものの火葬率は90パーセントを超えている。仮に火葬であればこれから施す死化粧や死装束にも焼却することを前提にした配慮があるようだ。そう言えば日本でも過剰な環境問題が社会に蔓延して以降、火葬する時に棺に納める遺品や愛用品、好物などが厳しく制限されて下手すれば「写真や絵にしろ」と命令されることもある。
「かなり過酷な性的暴行を受けています」検屍の次はエルトンジョン記者を診察した軍医から所見を聞いた。エルトンジョン記者は診察を終えてシャワーを浴びた後、病院食を口にしてから鎮静剤を服用して今は病室で仮眠している。
「本人の証言では1日に満たない短時間に50人以上との関係を強要されたそうです。実際、女性器は裂傷を負っていて挿入すれば出血するため肛門と口を性交に使われたと言うことです。正常な意識を保っているのが不思議なくらいです」スタイリー大佐はヘリコプターを下りてきたエルトンジョン記者が砂の彫像のように崩れ落ちそうなオーラを発していたのを思い出した。
「そうですか・・・彼女は過去にも戦場で性的暴行を受けた経験がありますから精神的抵抗力が働いているのかも知れません」「逆に一度目よりも深く傷つく場合もありますから要注意です」スタイリー大佐の返事に軍医は深刻な顔をしてカルテに短文を書き込んだ。
「採取した体液はこちらで分析しても良いのですが、貴国で犯罪の証拠として司法鑑定すると言うのであれば渡します」スタイリー大佐は自国のジャーナリストが巻き込まれた戦争犯罪としてイギリス政府と協力を要請したNATO軍に報告しなければならず、今は仮眠しているエルトンジョン記者が目を覚ませば事情聴取しなければならない。
  1. 2023/05/31(水) 14:44:22|
  2. 夜の連続小説9
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