「日本の新潟県で取材中にロシア軍の指揮を受ける北朝鮮軍によって拉致されていた我が国の女性記者がジャパニーズ・ミリタリー(日本軍)、ジエータイの決死の作戦によって救出されました。彼女は現在、在日アメリカ軍横田基地内の病院に入院しています」欧米では新聞社が報道=政治主張を拡大する目的で進出し、系列局として支配している日本とは違い両者が別の報道媒体として存在・活動しているためテレビのニュースが新聞の記事を取り上げることは滅多にない。それでも日本での戦場取材中のブリティッシュ・ライフ紙のポール・マッキイトニー記者が死亡し、オリビア・エルトンジョン記者が拉致された事件はイギリス人に危害が及んだ国際問題して政府が情報を発表するようになりテレビでも報道している。
「日本の国防省は軍事秘密に属するとして詳細な情報は公表していませんが、在日大使館によれば陸軍と空軍の協同作戦だったようです。またマッキイトニー記者はロシア軍の対人地雷で死亡しました。ロシア軍は対人地雷を禁止する1996年オタワ条約に加盟しておらずウクライナでも多用しています」エルトンジョン記者がメールで送った記事を掲載したブリティッシュ・ライフ紙ではマッキイトニー記者が北朝鮮軍の宿営地になっている小学校に侵入した理由から対人地雷が爆発するまでの経緯、そして横田基地の病院で聞いた死因や遺骸の状況を詳細に記述しているが、政府発表では日本への配慮で具体性に欠けているようだ。
「グランド・ジエータイ(陸上自衛隊)とジャスダフ(JASDF=航空自衛隊)の勇猛果敢な活躍によって我が国のジャーナリストを救出していただいたことをイギリス政府に成り代わり心より感謝申し上げます。これは内密ですが国王陛下も今回の作戦の説明を受けられてジャパニーズ・ミリタリーの実力に感服されたようです」緊急記者会見を終えた在日イギリス大使館のロングボトル大使は首相官邸に赴き、閣議を小休止にした石田首相と立野官房長官、双木外務大臣と面会していた。最近は疲れの色が濃い石田首相も首相執務室の応接セットで妻より1歳年上でアイドルのように可愛いロングボトル大使を前にして笑顔を作っている。今日もオンライン参加の釜田防衛大臣と統合幕僚長には駐在武官のスタイリー大佐が会っている。
イギリス大使館での記者会見でロングボトル大使は日本人の記者が発した「本当に自衛隊が救助したんですか」と言う質問に激高して「貴方たちは世界に誇るべき自国の軍、自衛隊を誹謗することに熱中している。貴方たちが海外で流布している虚偽の報道を我々は問題視している。我々は貴方たちの背後にある国家と組織を特定しているのよ。幸い国営放送がテレビ中継しているようだからこの場で公表しても良いわね」と言い放った。
イギリスではフォークランド紛争の開戦当初、まだ錆びていなかった鉄の女・マーガレット・サッチャー首相が「BBC放送はイギリス政府の公式発表とアルゼンチン発の情報を同等に扱っている」と非難することでアルゼンチンを含む国際社会に中立性を印象づけ、それからはBBCを通じてイギリスに有利な戦況を流すことでアルゼンチン国内の厭戦気分を醸成し、対ゲリラ戦の勇将だったマリオ・メネンデス少将の戦意を消沈させることに成功した。
この恫喝も実際にイギリスで活動する日本のマスコミ関係者を国内防諜機関のMI5が調査した事実なので現場の記者レベルに自覚はなくてもスマートホンで遠隔操作している編集部には衝撃だったはずだ。実際、それからは質問が途絶えて記者会見は早々に打ち切りなった。
「在イギリス大使館に義勇軍として自衛隊に参加したいと問い合わせてくる若者が急増しているようです」石田首相は次第に笑顔を作るのに疲れたのか無表情になってきた。そこで双木外務大臣が閣議で報告した話題を披露した。閣議では才藤法務大臣と沢国家公安委員長が日本国内で外国人に武器を携行させ、武力行使によって人を殺傷させることを合法化するのは無理と難色を示したが、双木外務大臣はこの動きがアメリカにも波及・拡大すれば日米安全保障条約を発動する契機になると期待していた。
「それは当然でしょう。我が国は徳川将軍の時代から日本をアジアで唯一の文明国と認めてきましたから、その敬愛する国が野蛮な無法者どもに侵略されていることを知れば何とかしなければと立ち上がるのが国王陛下の栄光を享受するイギリス国民です」山口県人の双木外務大臣も外務省が保管している徳川幕府とアメリカ、イギリス、オランダ、フランス、ロシアとの外交交渉の記録を熟読して明治以降の学校教育で流布されている倒幕の必然性の根拠になっている屈辱的なものではなく万国公法に則った近代的な外交交渉だったことを学習した。結局、この史実の歪曲は明治政府を樹立した薩長土肥が武士道に悖る倒幕=反乱を正当化するために新たに創設した学校教育を利用した自己弁護なのだ。
「問題はオランダに亡命しておられる皇后陛下と内親王殿下のお立場が危うくなることですな」ロングボトル大使か帰って閣議室に戻るエレベーターの中で立野官房長官が一人言のように呟いた。ロングボトル大使はイギリス国王の賛辞を説明したが、立野官房長官も宮内庁長官を通じて天皇に伝えていた。しかし、現時点まで何の反応もない。やはり父親譲りの平和憲法信奉者=自衛隊嫌いには通じないのかも知れない。

ジュリア・ロングボトム在日イギリス大使
- 2023/06/02(金) 15:38:09|
- 夜の連続小説9
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0