古志山人閑話続・振り向けばイエスタディ５１１

続・振り向けばイエスタディ５１１

「安川さん」「あらっ、先生」決行当日の朝、有給休暇を取った穂高の担任は自衛隊の官舎に現れ、幹部棟４階の安川和也１尉の留守宅を訪ねた。新学年の家庭訪問で来て以来だ。組合員の担任から一方的に転校を勧告されたと言ってもそれは公式な決定ではなく、官舎の妻たちは話し合いで無視することを決め、穂高も小学校に登校している。娘の梓はいつも通りに幼稚園に送って行って家事を始めたところだった。
「今日は先日、穂高くんを含む自衛隊のお子さんたちに私がした話の真意をお母さん方に説明しようと思って伺いました」チェーンで止められている玄関のドアの隙間から覗き込んで話す担任の神妙な顔を見て聡美はチェーンを外して「どうぞ」と中に招き入れた。
「今、掃除を始めようとしていたところなので散らかっていますが・・・」「いいえ、突然、押しかけて申し訳ありません」担任はリビングに通されると台所でコーヒーを用意している聡美と言葉を交わしながら座卓の座布団の席に腰を下ろした。この家では安川１尉が群馬県と新潟県の県境に派遣されて以来、稲沢市の安川家の両親や白井家の弟ｆが心配して訪ねてくる他は男性で立ち入っているのは穂高だけだ。これは穂高の席だった。
「温め直しですが」聡美はコーヒー・メーカーに残していた自分用のコーヒーを電子レンジで温め直して出した。したがって一杯しかない。聡美は座卓を挟んで対面の席に正座した。担任は匂いは薄れているコーヒーを口に運ぶと妙に緊張した顔で話を始めた。
「我々は現在の戦争が始まってから長野県を戦場にしないための方法を研究してきたんです。そこで得た解答が非防守都市宣言でした。非防守都市を宣言すればロシア軍も戦時国際法で攻撃することが禁止される。長野県民は死ぬことも傷つくことも家を破壊されることもなく平和な暮らしを保つことができる」「ロシア軍がウオー・ロウ（戦争法）を順守すると思いますか。ウクライナでやったことは核攻撃の威嚇を含めて全て国際ルールに反することばかりじゃあないですか」聡美の反論に担任はコーヒーを飲みながら再反論を返した。
「それでも新潟の自衛隊が負ければロシア軍は長野に攻めてくる。そうなれば長野県民は満蒙開拓団で関東軍に見捨てられて無差別虐殺された悲劇を再び経験することになるんです。満州では女性は凌辱を受けた後に残酷に殺されたそうですからお母さんも早めに逃げた方が良いんじゃあないですか」「日ソ不可侵条約の１年間の破棄猶予期間を無視して侵攻してきたソビエト社会主義共和国連邦軍は満州だけでなく樺太でも日本人を無差別虐殺したのよ。だから夫はロシア軍を撃退するため戦場に征っているの。私たちはここで帰りを待たなければなりません」担任は自分よりも１０歳以上若く、学歴は高卒のこの母親の高度な専門知識には舌を巻いた。聡美としては名寄で知り合った高齢女性が樺太からの引き揚げ者で安川１尉と一緒に話を聞いて仕入れた知識だったが学校では習わない史実なので担任が知るはずがなかった。
「それでは貴女たちは自衛官の妻としての自己満足のために長野県を戦争に巻き込んでウクライナのような悲惨な戦場にしても構わないと言うんですか。ウクライナでも女性は暴行を受けていますよ」「・・・私の両親も教員で組合の活動家でした。だから貴方たちの論理の向こうにある政治目的は熟知しています。貴方たちは日本を中国やロシアに売り渡したいんでしょう。１９世紀の過去の遺物のマルクス主義を絶対真理と信じて疑わないから中国とソ連は理想の楽園、早く日本もそうなるべきだって言うのね。確かに貴方が担任の学校からは転校させるべきかも知れないわ」担任は完全に論破されてしまった。この母親の両親が組合に所属する教員であればこちらの手の内は知り尽くされている。これを官舎の他の母親たちに広められては東京の中央委員会から達せられた政治闘争が頓挫しかねない。担任は唇を歪めて笑うと聡美の厳しい目を避けるように膝の上で開けておいたセカンドバッグからハンカチを取り出し、小瓶の蓋を開けて液体を降り注いだ。
「キャッ、何を」担任は勢いよく座卓を越えて手を伸ばすと聡美の口にハンカチを押し当てた。担任は理科が専門で解剖用の麻酔薬を所有している。聡美の意識が朦朧となると息を止めていた担任はポケットから取り出した専用のマスクをはめた。同時に聡美は仰向けに崩れ落ちた。
「子供を２人産んでる割には体形が崩れてないな。流石は２０代だ」担任は聡美をリビングから隣の和室に運ぶと全裸に剥いた。鼻息を荒くしてGパンのホックを外し、チャックを下ろして脱がすと両腕を伸ばさせてトレーナーを引き上げる。ブラウスの次は下着だ。こうして１枚ずつ脱がしていく気分は小学生の頃から楽しんできた小動物の解剖だ。
「さてと俺のを注射する前に玩具にしないとな・・・」４０歳目前で独身の担任は気分ばかり欲情しても身体の準備が整わなかった。そこで仰向けに転がされている性玩具を存分に弄ぶことにした。その前に麻酔薬を染み込ませたハンカチはビニール袋に入れて口を固く縛り、マスクを外した。
聡美は中学時代に父親が教え子の女生徒に手を付けていること知り、続いて母親も同僚の体育教師とカーホテルに入るところを目撃したことで自暴自棄になって社会人に純潔を奪われた。その後は「美人のサセ娘（ご）」として多くの男に抱かれたが、高校に入って先輩の安川和也に救われてからは心身ともに、人生の全てを一途に捧げ抜いている。