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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

6月14日・世界で最も平和な領土紛争・ウィスキー戦争が終結した。

2022年の明日6月14日に49年半の長きにわたりカナダとデンマークが互いに相手の留守
中に軍や学者を派遣しただけで「世界史上で最も消極的で積極的な領土紛争」と評される通称「ウェイスキー戦争」が終結しました。
ウィスキー戦争は1973年12月17日にデンマーク領グリーランドとカナダのエルズミア島の間にあるネアズ海峡の領海の境界線が確定したことを発端とします。領海の境界線そのものは平和的な話し合いで決まったのですが、1984年にカナダの歴史学者のジャーナリストが北極海から大西洋への通路で氷山や流氷で閉ざされていることが多いこの海峡の境界線が面積1.3平方キロメートルの樹木が生えていない平板状の岩に過ぎない無人島のハンス島の真上を通っていると指摘したことで事態は急変しました。
地図上の線に過ぎない領海境界線とは違って周囲は断崖絶壁で強い海流のため接岸が困難でイヌイットが休憩所として上陸した以外に利用価値は全くないこの島でも「領土」となれば獲得しない訳にはいかず、先ず1984年にカナダ軍が上陸して国旗を立てて記念品としてカナディアン・ウィスキーのボトルを置いて帰りました。するとそのニュースにデンマークのグリーランド担当大臣が「領土奪還」とばかりに同年7月に上陸してデンマークの国旗と領有を宣言する看板を立ててドイツ北部一帯の蒸留酒のシュナップスのボトルを置いて帰りました。16
それからはデンマークの攻勢が続き、1988年に哨戒艇が接岸して国旗を立て直してケルン(人工の石積み)を積んで帰り、1995年にはグリーランドの最北端にあるアメリカ宇宙軍基地の連絡員とデンマークの地質学者が上陸して国旗を立て直しました。一方、カナダも2001年になって地質学者を派遣しましたが、デンマークは2002年と2003年にも哨戒艇を接岸させて国旗を立てて交換しました。
すると2004年にカナダの外務大臣が「カナダはいかなる北極圏の領土も放棄することはない」と発言したことで事態が先鋭化して2005年にカナダ軍が上陸して国旗を立ててイヌイット式の石積みを残し、、1週間後には国防大臣が上陸して外交問題化したのですが、デンマークが2週間後に対抗措置として哨戒艇の派遣を決定したことで協議が始まり、「9月中旬に話し合いを持ち、決裂した場合は国際司法裁判所に協同で提訴すること」で合意したのです。この点が竹島=独島の韓国や尖閣諸島の共産党中国との違いです。
結局、9月19日の話し合いで両国の大学の共同無人気象観測所を設置し、問題解決のための作業部会の提言を受けて島の中央を縦断する自然発生の岩の裂け目を国境とすることが決定して6月14日に合意文書に調印しました。
これまでカナダはアメリカ、デンマークはドイツとだけ国境を接していましたが、これで両国の間にも国境ができました。しかし、カナダとデンマークだったから紳士的に解決しましたが日ソ不可侵条約の1年間の破棄猶予期間を無視して停戦後に侵攻したスターリン書記長の暴挙を平然と継承しているロシアや史実歪曲の常習犯の韓国、「釣魚島は台湾の一部、だから中国領」と言う論理を押し通す共産党中国では始めから駄目です。
  1. 2023/06/13(火) 15:19:17|
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